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五感のリアリティが変わる話

2022.4.18(月)

いまの私には、思考や想像と、この場に広がる五感光景がまったく別ものである、という感じがしません。

思考や想像と五感光景はまったく別ものだとリアルに自明に感じられる状態が3次元であり、
その3次元実行中のときの意識が第3密度です。
一方、思考や想像も五感光景も何らかの感覚(認識)であり、濃さや強さや移り変わるときの速度がちがうだけ、
というように、一元的に地つづきに感じられる状態が非3次元であり、
非3次元のときの意識が超3密度です。
非3次元の状態では、想像(淡)や五感(濃)は、広大な媒質に起きる波として表現することもできます。
この地つづき状態にリアリティがある超3密度の意識には、
思考や想像よりさらに淡く、速い、きらめき、射し込みのような高次感覚も感じられます。
高次感覚は、思考や想像の世界では、さまざまな色彩、表情の光に象徴されて翻訳されます。
4、5、6・・・と、ベース(いちばん下)の次元が上がっていくと、
五感、マインド、高次の層がスライドしてだんだん淡く、段差も少なくなっていきます。
4、5、6・・・と上がる意識密度の階梯は、感度が精妙になっていくことを示しています。

3次元実行中の第3密度にいるとしても、
それは想像と五感場面が別ものである3次元の宇宙をリアルに体験しているというだけであって、
落ちこぼれているのでも遅れているわけでもありません。
五感の向こうに物質などの実体(物質以外に神、霊なども想定可)を想定し、
仮想実体の法則がすべてを決定するというルールでいろんなアトラクションを体験する
アミューズメントパークにいるようなもの。
なお、このアミューズメントパークは感覚(認識)とは関係ない実体の想定にもとづいているので、
思考や想像の世界すなわちマインドに設営されています。
感覚の最終実現段階である五感化が4次元で起きる第4密度意識のとき、マインドは5次元です。
3次元とは、4次元よりも固い世界のことではなくて、
5次元で「4次元より固い世界がある」と想定してできた、5次元の別棟です。

何年か前まで、私もその5次元別棟のアミューズメントパークにいました。
もっとも私の場合はワケあり客(スターシード)なのでがっつり遊ぶ派ではなく、
パーク全体の仕掛け、導線、乗り物のしくみとかをメモして回っていたのですが。
それでも、考えること、想像することと、見られたり触れたりすることは別なのが自明に当たり前であり、
その別々性にリアリティがありました。
もしも私がワケありでなければ、そのリアリティはもっと強かったかもしれません。
視覚や触覚の向こうに実体があるかどうかなどということは、自分の視覚や触覚を介さずに、
ダイレクトに実体に到達して知ることはできないし、
周りに視覚像や触覚像の束として映る他の人にも、実体のダイレクト把握はできない、にもかかわらず、
そもそも「視覚や触覚の向こうに実体があるか否か」などという問いが浮かばないくらい、
実体は「あって当然」でした。
(ことに実体を「物質」と想定していると、物質があることは直覚の事実と思いがちですが、
本当のところ、物質の直覚は上述のとおり原理的に不可能です。)
その「あって当然」が生存とか死といった観念とも結びつき、
実体の一部である身体を維持していくのが生存、身体の機能停止が死、といった定義をつくっていきます。
3次元にフェイドインするとはリクツで理解してそうするのではなく、
それが前提ルールの遊園地にドブンと飛び込む、量子跳躍ならぬ量子落下することなのですが、
なんかヘンだな? と感じはじめても当たり前感覚がなかなか抜けていかないのは、
五感の強度が強くて、リアリティが強烈だからです。実体感がすごくリアルだから。
3次元は制限や不自由を体験するアミューズメントパークなので、
とくに身体の不調、ときに襲ってくる病気や怪我、思いどおりにならない事物や他人などが、
実体の存在のたしかさを主張し、
実際には実体がどうのこうのなどと考えていなくても、「(実体は)あって当然」という「感じ」を固めていきます。

それでも、「なんかちがう」「こうじゃない世界があるはず」という直感的感触を覚えると、
怪しげな本を読みはじめたり、空を見上げて怪しい雲や光を探したり、
瞑想とかイメージワークなどの非リア充非生産的な行いを日々のルーティンに取り入れたり、
ひとりひみつの引き寄せ、ひみつのヒーリングを試してみたりと、
アミューズメントパークの順路からはずれることをやりだします。
すると、あるときを境に、もしくは「あるとき」がいつだったかわからないくらい自然な転回によって、
「現実」のリアリティが変わります。
五感のコントラストが下がって、五感からなる光景はフラットに(平面的に)なります。
フラットになるとは、
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚などは、それぞれ質がちがうけれども、
自分を中心として四方で明滅している感覚模様のように感じられる、
ひとつづきのスクリーンに起きている「感じ」になるということです。
このスクリーン感がいろんな感覚(波動)の媒質です。
ペノペノのスクリーンに広がるこの色合い、圧力、カチャカチャ音、流動感、一直線感、
等々の向こう側に実体があるなどとは、とても思えなくなってくる。

それらの感覚模様はどこまでも行っても模様、感覚映像としてとらえるほうがリアルになるのです。
脳科学の用語を借りると「クオリア(質感)」が変わるということになるのかな。
私の場合は2012年の冬至にソリッド(固体、立体)からフラットへの感覚移行が起き、
数年してゼロポイントフィールドの使いかたがわかったので、それを使っていろいろワークをしていくうちに、
どんどん平面化が進んでいきました。今では重力も疑わしくなりつつあります。

このように、五感光景から実体感が抜け、フラットになると、
同時に、マインドの景色もよく見えるようになります。
「物」理感覚が実体感の抜けた五感になる、
つまり5次元別棟(3次元)でつくられていた仮想物質という想定がはずれて、
ソリッドな「物」理感覚がフラットな五感になる、
と、フラット光景を映す一元スクリーン感も回復するので、
同じスクリーンの淡い箇所であるマインドや高次の光景まで目が届くようになる
のです。
4次元(五感)をベースとした多次元感覚が動くようになる。
はっきりした記憶情景や言葉になっていなくても、心の動態全体が、
雲の流れを見たり風向きを感じるように、天気模様のようにわかります。
そうすると予感や引き寄せが自然に起きてきます。
ちなみに意図的な引き寄せは、予感をいったん「欠乏/欲求」に二極化して、予感ないし予定として統合すること。
わざわざそんなことをするのは、トキメキを増幅させるためです。
奇蹟は定蹟に、超常現象は常現象になるので、驚きを体験するための仕掛けといっていいかもしれません。
マインドの変調への気づきも速攻になるので、変調感覚の手放しや復調も早く、
ちょっとしたメンテナンスのような感じになります。

それと、わざわざ5次元に別棟までつくって制限や不自由を体験するのって、まじアミューズ、趣味なんだ、
しかもヒネリにヒネらないとできないことなんだ、
ということが、スピなお話としてではなく、感性的に納得できます。
なので、何かのきっかけで3次元を再訪することがあっても、がっかりしたりダメ出ししたりしなくなります。
場合によっては、お、このアトラクションは未体験かも、とか、超久々の悲哀キタコレ! とかね。
3次元がダメなんじゃなく、
自分の選択次第で3も非3もどっちもありなんだ、とわかって、余裕ができるのかもしれない。
多次元感覚化してくると、覚醒急ぎもなくなります。
自他のどちらに対しても覚醒度合ジャッジが消失します。

非3次元ライフって、生活のなかでバシバシ念力が使えるとかそういうんじゃなくて、
リアリティが変わって多次元化するってことなんですね。
五感が現実なら想像や考えも現実、直感も現実(五感を幻とすれば全部幻)。
手から金粉が出るとか、オーラが見えるとか、私みたいに四六時中宇宙音が聴こえるとか、
そういう妙なこともあるかもしれないけど、それはどうでもよく、
多次元の感覚を感じつつ、何の制限もなく、高次から五感へと、流れに乗って流れているということです。

セルフアセンションなので、きっかけは人それぞれで、
もしかすると何の下準備もなく、仲間とパリピってるうちに突然すべてが変わるというようなパタンも
あるかもしれません。禅の世界には、出家はおろか座禅すらせずに悟ったマスターもいるみたいだし。
ハードコアなスピリチュアリストから見たら私などは素人同然でしょうが、
自分的には下積み長ぇよ感があり、ふり返ってみると、
3次元に留まるか、3次元を出て多次元に目覚めるかを分ける決め手はコミットメント(発心、決心)です。
自分を牽引してきたのは、「なんかちがう」「こうじゃない世界があるはず」という直感的感触ですが、
「こうじゃない世界」に行くという決心がないと、その感触が長つづきしないんですね。
実際、1990年代にもチャンスはあった、にもかかわらず、
そのときの私の心は、取引先、納期、資金繰り、人間関係の調整、などなど、
興味はないけどやらなくちゃいけないと自分で思い込んでいることで占められていて、
そっちを優先しているうちに誘導の糸だった直感的感触は消えてしまい、十余年を棒に振りました。
日々、かたづける用事やら確認事項は山ほど創出でき、さらに不測の用件も足せるので、
コミットメントがないと、そっちを凝視することによってそっちがクローズアップされ、
周波数がどうの引き寄せがどうのなんて、宇宙一どうでもいいこととして忘れられていきます。
逆にいうと、コミットメントさえあれば、紆余曲折しても3次元解除に向かいます。
ていうか、紆余曲折のもとになるトラブルやアクシデントもオカルト加速の好機になるんだよね。
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  1. 2022/04/18(月) 13:47:23|
  2. 平面世界(4次元)
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