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ソロ・パブリッシュ

ドリーム。

開かれた「私」(統覚意識)の実感

2024年1月27日(土)

ゼロポイントフィールドとつながることや光の磁場をワークを繰り返すことで何度も体験したり、
瞑想や坐禅を継続することで、
余計なものが剥がれていくように、石から彫刻が現れてくるように、立ち現れてくる感じ手意識、「私」意識は、
フラットで厚みがなく、それが感じて創造している光景全方位に向けて開かれている。
体積がなく塊ではない、それでもなお、認識の対象ではなく主体であるという「私」感がある。
それはゼロポイントフィールドを「これではない」と対象化して「ゼロポではない側」としてできあがった意識である。
周りにいるあの人この人でもないという識別から自我ができるように。
内側はまず外側とか他者を対象化することから生じるのであり、外側や他者のいないところには生じない。
ただし、フラットで厚みがなく開かれている「私」意識は、「外側(ゼロポ)ではない側=私」としてそこで凝固せず、
「ではない」という対象化作用を自身にも及ぼして、「ゼロポではない側(=私)ではない側(=ゼロポ)」となって、
ゼロポに還る。
時間的に表現すれば、「私」という一人称意識が生じて即時に消えるのであり、
即時に消えるのになぜ「私」意識がありつづけるのかといえば、その生滅が常に起きているからで、
空間的に表現すれば、一方で「私」でありながら他方で「私」ではない(ゼロポである)、
半分「私」で、半分「私」ではない(ゼロポである)となる。
「ゼロポである」とは、すべてであり、かつ何ものでもないということだから、
一方で「私」という意識でありつつ、他方ですべてかつ何ものでもないということになる。
一方で感覚を創造する感じ手意識でありつつ、
他方でその感じ手意識がいない、したがって何も感じず認識しないということだ。

本来の、本当の自分というのは、この一方で「私」という意識でありながら他方でその「私」意識がない状態をいう。
そして「私」という一人称意識以外には認識する(感じる)術はないので、
他方の側の「私」意識がない状態とは、つまり意識がないということである。
意識がありつつ、意識がない。
右手で水を汲みながら、左手でその水をどんどん捨てている、
でも水は絶えず流れているので尽きることはない、というような。

そのように、片方の目を開け、もう片方の目を閉じているような「私」のとき、
開けたほうの目で感じて即創りだしている感覚像、波動像は、調和がとれており、
心(マインド)の層で「望み」「欲求」として現れる思いがすべて五感層で実現しても、争いや葛藤を起こさない。
望み、欲するという心感覚が現れ、五感層まで伝播する(引き寄せが起きる)ことは、
ある角度(一個の「私」意識)から超心(高次)‐心(マインド)‐五感という形でゼロポを表現する宇宙創造において、
予定されているからである。
自分がかなえたことは自分によってかなうように設計されていたのであり、
それはオーダーメイドの製品のようなものなので、自分のほかに使う人はいない。
自分がいらないと感じて手放したものが誰か(別の角度の宇宙)によって活用されたり、
逆に誰かが手放したものが自分にめぐってくることもある。

私のメタフィジクスによる講釈はここまで。
高次、マインド、五感の各層の感覚模様を貫く統覚意識、
それはたぶんスピ界隈でエゴではなくエゴとは区別して「本当の自分」とか「本来の自分」と呼ばれている感覚なのだと思うが、
この「私感」を講釈ではなく感じとして、実感的に言い表せないものか、という課題が頭の隅にあった。
うまい言葉が見つからないとすれば、それは自分自身がまだわかってないからじゃないの? とも思えたんだけど、
ついこの間、その表現が見つかった。
「淡い私」。
というのが統覚意識の「私」感です。

皮膚を境界とする身体を基地として、太い輪郭線で他者や環境に対立する濃厚な「私」ではなく、
他者や環境と交感しながら「私」という一人称の立脚点からブレない「私」。そういう意識。
なぜ薄め、淡めでいいのかといえば、上述したように、感じて即創りだしている像全体が調和しているから。
一方、感覚の向こう側に実体(物質)を想定している3次元では、実体側からの侵襲に備えて、
常に気を張って輪郭を太くし、「私」を頑丈にしておかないといけないわけです。
乱世宇宙では「私」をしっかり、平和な宇宙では「私」は淡め、と、どっちにしてもトータルでバランスはとれています。

私が昨秋から行っているゼロポイント瞑想には、
頭上と床下に宇宙船をイメージする(好みにより神殿などでも可)というプロセスがある。
瞑想している間はずっとこの宇宙船に意識を向けつづけ、
思いや感情や想像を追いかけていってしまったときはこの宇宙船を帰り点にする。
一般的な瞑想では丹田や呼吸を集中ポイントにし、また帰り点にするのだけど、
ゼロポイント瞑想ではそのポイントを身体の外に置く。
瞑想中、意識と宇宙船とは交感、相互浸透状態にあり、
「私の半分は宇宙船で、もう半分が私という意識である」という感じになる。
この「半分の私」というのが「淡い私」なのである。
半分とは半身ではなく量的な半分、つまり濃度が薄いということ。

説明を煩瑣にしないため記事には書いていないが、
宇宙船をイメージしたあと、
その宇宙船を座っている自分の身体に重ねて、身体を宇宙船化させ、「(座っている)この自分が宇宙船だ」
という感覚をつくる。つまり「宇宙船になる」ということをやる。
そこから頭上あるいは床下という本来の位置にある宇宙船に意識を向けると、
「私の半分は宇宙船で、もう半分が私という意識」になる。
この半々感覚のとき、「私」という意識と宇宙船とは同期というか共振状態にある。
要は、いったん宇宙船になりきって、頭上か床下に向けて宇宙船を解放するわけ。
ハグして離れる、握手して手を離すみたいに。
「私の半分は宇宙船で、もう半分が私という意識」という共振心地は、
宇宙船のみならず全感覚模様(3次元語の「外界」)に向けて開かれた「私」の雛型となる。

淡い私、薄い私を体験実感するにはゼロポイント瞑想をしなければならないということはまったくなく、
たぶんいろんな折にわかるのだと思う。瞑想、坐禅、ヨーガ、ダンス、などなど。
どんな方法によるにしても、ワーク以外の生活時間のなかで、
「そうか、これが淡い“私”なのか」「統覚意識ってこれなのか」などと確認されることはありません。
そうではなく、シンクロニシティだの引き寄せだの、例の不思議風が吹き出して、ザ・現実がとても柔らかくなり、
反発、抵抗、軋轢、ぶつかり合いが激減し、
あれこれ忙しい時期でもなぜか疲れておらず不思議と元気だったり、
気づくこと、理解できることが増え、
特別なことがなくても心地よく楽しく過ごせる、といった形で証明されます。
それは「波動が高い」といわれる状態でもあります。
かつて3次元時代に「外界」と呼ばれた五感光景も「内側」と呼ばれたマインドスケイプも、どちらも感覚模様として、
「私」という意識の濃淡を知るフィードバック装置になる
のでした。

ところで、淡い私、フラットで厚みのない私というのを3次元語でひと言で表すとすると、
あくまで近似値ですが、「余」「予」「朕」といった類の一人称代名詞です。
日本語だと君臨ヴァイブスが強くて本質がかえってわかりにくいんだけど、
英語のいわゆるRoyal weで、君主の公式一人称は複数形なのです。
感じて即創造する意識であり、感覚模様宇宙の発信源であり、
その感覚模様の共振関係、ハーモニーがwe、our、usという複数形で表されるわけ。
そういえば昭和の宇宙人の一人称って「ワレワレ」だったよね。
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  1. 2024/01/27(土) 15:12:09|
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4次元の話

2023.7.28(金)

さる団体の会計担当になって四則計算の森に深く入り込んでいることが察せられたのか、
先日、指導教官(と私が呼んでいる人)からお見舞いコールがあり、軽くヒーリングをお願いするなりゆきになった。
調整を希望した箇所は右上肢なんだけども、ポイントはむしろ下肢、そして左もやばいぞよ、ということになって、
そのへんのつながりはわかんないんでおまかせして、遠隔整体してもらった。
と、とっとっと、おしゃべりしている間にビイィィィーン、とか、ピクッ、ピクッ、とか、電気感覚が走る。
施術前から整体を先どり(?)して、3次元的にいうと「神経」とか「筋肉」に作用しているような。
遠隔というだけでも奇怪なのに、言葉で施術ポイントを決めている最中にもう量子跳躍、空間のみならず時間も超えた。

しかし。以前(去年とか一昨年とか)はここまで敏感ではなかったと思う。
遠隔はおろか、対面ヒーリングでも、とくに何も感じなかったり、混線でキャッチされた無線程度の感覚だったような気がする。
で、終わって数分すると調子よくなってることに気づくとか。
で、いい気になってヘイヘイしてると、次の日あたりから好転反応ってやつで熱だの咳だのが1~2週間つづいたり
(今回は好転反応なし。ホッ)。

ビィンとかピクピクッとかって電気感覚は、4次元五感のひとつだと思う。
私が四六時中聞いている、左右で周波数のちがう音(私は「宇宙音」と呼んでいる)も4次元聴覚の音。
で、そのほかの色とか形、生活音、感触、匂い、味なども、「物」を想定していなければ、
3次元ではなく4次元の感覚なのだ。ウホウホ、ワクワクする。

私の宇宙図は、
 ゼロポイントフィールド
    ↓
 ①高次―光線、直感、閃き(6次元超で7、8、9・・・と好きなだけ設定可)
    ↓ 伝播
 ②マインド―思い、考え、想像、イメージ、再帰感のある情景(記憶)、気分など(5次元)
    ↓ 伝播
 ③五感―色、形、音、感触、匂い、味、電気的な感覚(内部感覚)など(4次元)
    ↓
 ゼロポイントフィールド
という感じになっていて、
①②③は建物の階や部屋が分かれているように別々の層なのだけど、波動として伝播する。
つまり③の五感的な感覚は、②のマインドの感覚が量子的に伝播した(引き寄せた)結果であり、
「物」を知覚したわけではない。
量子的に伝播するとは、たとえば②で浮かんだテレパシーのイメージが③で電話やメールになる、といったふうに、
その層に適した感覚に変換されて伝わること。

3次元の場合は、色、形、音などの感覚の向こうに物質という実体があると想定しているので、
色、形、音などの感覚は、物質から発せれる光子とか音波とかの信号を物質(身体)が感知して生じる知覚である、とされる。
つまり3次元の知覚は「物」に由来する。
なので、「物」という根拠を欠いた感覚は排除されます。錯覚、気のせい、インチキとか。
でなければ未知の科学法則によるとされる。
あと、「物」由来なので、「物」の法則すなわち物理、化学、生物とかの法則に沿わないと動かない、
思考を変えるの意識を変えるの、そんなことではどうにもなりません。そもそも思考や意識だって身体という「物」発だし。
動かしがたい、カッチカチのソリッドな世界です。
でも4次元の五感的感覚は「物」によるとかよらないとか関係ないんで、
宇宙音とか電気感覚とかクンダリニー上昇とかUFO見たとか虫の知らせとかそういうのを排除しません。
そういうのを客観的に証明できるか? とは、「物」由来の法則で説明できるのか? ということだから、
「物」を想定していない以上、客観性は問われないし、証明の手つづきもいりません。
直覚=存在なので、見えます、聞こえます、キてます、で証明終わり。
自分にしか見えないとか、自分だけ見えないとかってことがあっても、それはそういう直覚だからってことで、問題なし。
つまり、自分に何かが見えていて、ほかの人は見えないと言っている、そういう場面が実現している、
逆にほかの人たちが何かが見えると言っている、その何かが自分には見えない、そういう場面が実現している、
というだけです。

「物」に由来せず、「物」の法則に拠らない、
マインドの感覚が伝播して動いていくので、4次元の五感世界はソリッドではなく流体的、ジェル的です。
物軸ではなく、高次→マインド→五感という感覚軸すなわち自分軸で景色が変わっていく。
「物」も自分で想定しているので、物軸も広義には自分軸なんですけどね。
物軸というのは、自分軸が働かないかのように感じられる世界を出力するために自分で仕掛けたからくりです。

私は、この「物」の支えがないジェルジェルの4次元五感世界を絶賛観察中です。
ヒーリングとかUFOとかの不思議方向も楽しいけど、
とくに不思議と思われない生活景色が「柔らかくなる」とどうなるのか、興味深いですね。
「柔らかくなる」というのは、②のマインド世界から「物」を想定した3次元がはずれて、
かたづいた部屋のようにすっきりシンプルになり、
高次と連動するマインドの感覚(思いとか想像とか)が五感世界に伝播しやすくなるということ。
要は引き寄せが利きやすくなっている、というかもう当たり前になっていてとくに引き寄せを意識していない状態です。
と、直感の光がイメージや想像とかに広がって五感化する、
この流れを自分が感じていて(認識していて)、自分と宇宙の多次元性がわかるというか、そのへんがいとおもしろい。
メロディーのうしろにこんなベースラインがあった、意外とリズムはシンプルでスネアだけだった、へぇー、みたいなのを
発見するうれしみといっしょ。
実際、クオリア(五感の質)も変わるしね。資源ゴミ置き場に集められた空き缶の集まり具合にアートを感じるとか、あるある。
何の根拠もなくしあわせとか喜びとか湧くようになるんで、その波動が伝播して、五感光景も後光を放つわけよ。
これは、脳科学的には右脳、小脳、松果体がどうとか、ドーパミンやエンドルフィンがどうのこうので説明されるんでしょうけど、
ここまできたら「脳」がらみの術語はチャクラや経絡と同類項でくくったほうがいいね。
ツールとして並べておいて、そのつどいちばん簡単にすむ道具を使うってことで。
机から落ちた文房具は念力で移動させるよりかがんで拾ったほうが早いってこともあるし。

不思議方面では、風のうわさによると、2020年代の後半あたりから、
宇宙存在とface to faceでの交流がはじまるとの話があるらしい。
これも、錯覚、気のせい、インチキ、あるいは医学的な「症状」などの3次元の関所がなくなり、
4次元五感世界の感覚許容域が広がる結果、可能になるんでしょう。
水晶玉や炎を凝視したりマントラを詠唱したりして変性意識に入らなくても、通常意識のまま「彼ら」に出会えるというか、
通常意識が変性意識化するというか。
宇宙存在だけじゃなくて、龍、ユニコーン、ペガサスとかもありでしょうね。
すごく次元の高い存在が、たとえばセラフィムのように、ぎっしり羽に包まれているみたいな形に象徴化されて
感覚化するってこともあるかもしれない。
なんにしても、3次元の知覚世界が4次元の五感世界になるという次元上昇にともなって個々人に起きることで、
一時期予想されたような、政府筋がかかわるようないわゆる「公式コンタクト」とはちがうかな。
ただし、私の宇宙では、報道の公正中立ポジションが幻想だということがコロナ感染症騒動その他で露呈し、
ニュースがSNS化してきているので、
「某国の某長官“宇宙船に乗った”と語る」などという見出しで、芸能人の不倫報道や企業の新製品開発話に挟まって
ネットニュースに一瞬登場する、といったことはあるかもですね。

それはそれとして、4次元の一画に幽界なる領域があり、
ここは死んだことに気づいていない意識が習性にしたがって一生懸命3次元生活をやろうとしてトンチンカンなことに
なっているところで、そのうち空き情報を得て純正3次元に再接地するのですが、
この幽界町はなくなりつつあって、
私の宇宙ではもはや明治村、大正村みたいな感じで観光地(?)として存在するだけです。
未覚醒で亡くなった意識は5次元(②のマインド感覚世界)で研修を受けて高次存在になります。
死んだことに気づくってけっこうたいへんなことで、
これに気づいていながら、なお再接地して3次元へ、ということを繰り返して即身高次存在化(解脱)をネラうのが
いわゆる転生ですけど、これは次元上昇プロセスをとことん極めてみたい人向けの、ある意味高尚な趣味です。

ともかく4次元の醍醐味は、これまで知覚によると説明されていた感覚像と、これまで不思議とされてきた現象とが
共存、融合することです。楽しみー♪。

  1. 2023/07/28(金) 13:29:00|
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宇宙音の話

2022.11.1(火)

「アセンションと五感の変化」をテーマとしたモナ@アルクトゥルスとのチャネリ談です。

みけ 私には常時、左右でちがう周波数の音が聴こえていて、私はこれを「宇宙音」と呼んでます。
これは、2010年にモニターとしてレイキみたいなヒーリングを受けた直後に、最初は右だけの単音ではじまって・・・。
モナ ヒーリングで流した周波数の成分にアルクトウゥルスの周波数が含まれていて、
それがあなたのアルクトゥルス周波数のレセプターに作用して開錠されたのよ。
みけ そうだったんだ。あとで、ヒーリングしてくれた人から電話がかかってきて、「申しわけないことをした」って
すごくすまなそうにしてたのが解せなかった。
モナ かなり重要な鍵で、仰々しい手つづきを踏んでやるべきことだったって、あとで気づいたからよ。
どうでもよかったんだけどね。どうせ予定されてたことだし、このとき開いたのは一部だけだし。
みけ へえ。今日に至ってはじめて知った。
モナ あなたが自分で『Starry Souls』(電子書籍)に書いているように、私たちって4次元とか3次元とか、
そんなくだらない次元、失礼、感覚(波動)の強度が強い次元まで降りたりはしないんだよ。6がギリ。5は緊急時だけ。
まともなやりかたで降りていたら壊れちゃうから、そこはソフィア@シリウスとイチキシマ@ゼータが工夫に工夫を重ねて、
4や3でも正気が保てるようにしてあるわけで、あんたの仕様って裏技だらけなのよ。
みけ 古ぅいパソコンをネットに繋げてる的な。
モナ そう。ハードにあたるとこはイチキが改造、ソフトにあたるとこはソフィアが改造してる。
だから、次元上昇に転じるタイーニングポイントで起きるゲート開きのときも慎重にやらないといけなくて、
それであなたが指導教官と呼んでいる人と契約してたわけ。
みけ 今日に至ってはじめて知った。そういえば、そのヒーラーさんの家でオラクルカードを引いたんだけど、
「年下の女性があなたを助ける」というカードが出たんだよね。
それはそのヒーラーさんを指しているのかな、って思ったんだけど、その人とは自然に疎遠になっちゃった。
何年もたってから、その「年下の女性」ってのが指導教官だったのかも、って思った。
モナ 周波数が合わなくなったんだよ。
あなたもそのヒーラーさんも転機だったから、転機のどさくさで接点があったの。
みけ で、単音で聴こえていた宇宙音がバイノーラルというかマルチウエイというか、複数になったのが2011年秋。
左側で和音、右側でメロディーを鳴らしているみたいな感じになり、
その背後では、なんというか川の流れとか滝みたいな音がする。
ときどき音色やリズムが変わるけど、もう何年もずっと、その構成で安定してたのね。
それが今年、2022年の7月から9月半ばくらいまで、パタッと聴こえなくなったんだ。
宇宙音に伴っていた、微弱電流みたいな振動感もほとんど感じなくなって。
瞑想してても何も聴こえなくて、超久々の完全静寂キタ、って感じでした。
ところが9月の半ばくらいから復活して、秋分すぎたらガンガン。
モナ それアップグレード。5次元(マインド)、4次元(五感)の稼動域が広がって柔かくなったってやつ。
宇宙音が聴こえなくなる前に、5次元で変化があったでしょ?
みけ そういえば、アルデバランの文芸部的な活動をしている周波数の推奨で、
現代語訳の『枕草子』や『源氏物語』『方丈記』を読んだり、戦前の小説を読んだりしていて、
日本語のテキストに興趣を感じるようになりました。
日本語が帯びている湿気とか、空気を共有してることを前提とした同調圧力とかが苦手だったんだけど、
自分の波動が上がると、湿気はクリスタルっぽくなるし、
統覚視点(本来のセルフ意識)が確立すると、同調前提表現はただの省略表現になる。
日本語に傾いたのではなく、抽斗が増えたって感じなんだけど、自分的にはまさかのレヴォリューションでしたね。
モナ そのマインド(5次元)の変化で五感(4次元)も変わったわけ。宇宙音も前とはちがうでしょ?
みけ うん。音色がまとまっているというか、
前は左が弦楽器的で右がグロッケン(鉄琴)みたいな音だったんだけど、
ピアノの左手と右手っていう感じになった。
微弱電流感の感触も変わった。
でも、マインドの変化で五感が変わったってのはわかったけど、2か月くらい無音期間があったのはどうしてなの?
モナ 好転反応を回避するため。
みけ 好転反応って、ヒーリングを受けたあと、一時的に心身が変調するっていうアレですか?
モナ そう。2010年に右方向からの単音が聴こえるようになったとき、たいへんだったじゃないの。
みけ そういえば熱が出て2週間くらい寝込んだんだっけ。
私はあんまり気にしてないんだけど、アップグレード的に周波数が変わると、わりと熱とか咳とか出ちゃうんだった。
そっか。そんなおっきな変化だったのか。

みけ 自分の感覚に先立って物は実在すると想定している3次元の知覚の基準では、
自分しか体験していないこういう宇宙音みたいなのは幻聴ってことになるか、
あるいは超常的な不思議現象ってことになるけど、
物を想定せず「自分の感じたことが現れる」非3次元の宇宙では、単に五感的感覚のひとつなんだね。
モナ そうです。物理ベースのサイエンスで立証できるかどうかっていう世界じゃないから、
人にも同じことが起きているのか、自分独自の感覚かって、関係ないの。それはどうでもよい。
みけ 手から金粉みたいなキラキラが出る、エネルギーが出る、可視光線じゃない光が見える、オーラが見えるとか、
人や動植物、機械器具の不調が視覚や触覚で感知できるとか、いろいろあるみたい。
香り系とか味覚系とかもあるだろうね。
モナ とくに不思議とは思われてないこともあるよ。
食べ物の好みが変わる、食べる量が変わる、好きな色や形が変わる、音楽の好みが変わる、とか。
体調の変化も五感の変化のひとつだし。
みけ 不思議かそうじゃないか、本物かニセモノか、っていうのは3次元のものさしだから、
そこに囚われないほうがいい
と思う。
モナ 非3次元では不思議かそうじゃないか、本物かニセモノかは気にならなくなる。
というのは、そういう問題が立たなくなるから。
非3次元では、心地よいか、そうじゃないか、しっくりくるか、こないかが大事。
で、自分と合わない周波数(感覚)は手放す。

みけ 全体として、五感的感覚は一筆描き的な一枚絵になり、凹凸がなくなってフラットになる。
視覚でいうと、机と、自分の腕や手といった身体像と、床とは、別々じゃなくて一枚絵としてつながってる感じ。
あと画素数が増えたり、響きが深くなったり、瑞々しく豊潤になる。
ネットにアップされてる画像とか動画とか、笑えるくらいきれいに見える。
なんてことはない室内の景色や生活音にも感興を覚える。
モナ 実際、一枚絵なんだよ。高次から見ると全部振動で、振動数にちがいがあるだけだから。
それが感覚として感じられているだけなの。
みけ そういえば私の場合、宇宙音と触覚の微弱電流感はセットになってる。
モナ マインド(5次元)から3次元がはずれて、高次と連動して整ってるから五感世界が豊かになるわけで、
環境に心地よいもの、快いものがあるから気持ちがやすらぐんじゃないわけ。それ逆だからね。

みけ ところで2011年秋時点では、私はまだ3次元人間だったのに、なぜ宇宙音が聴こえるようになったのかな。
モナ 本来のセルフ意識への関心が高まっていくプロセスの途上で、 
「不思議なことは起きうる」と許容するようになると、「起きうる」と許容しているぶんだけの変化は起きるの。
ただ、まだ不思議とか奇蹟っていうフレームがはずれてないから、確率が低かったり、制限があったりする。
空が澄んでいれば宇宙船が見えるとか、こういう条件が整っていればスプーンは曲がるとか、
そういうのも自分で設計してんのよ。
みけ 当時、この宇宙音ってなんだろう?って思ってさ、雑誌やネットで調べ、人にも訊いたのね。
で、いろいろ総合してみて、いずれメッセージに変わるんじゃないかって期待してたんだけど、
待てど暮らせどメッセージになったりはしなかった。
モナ メッセージって、日本語で言葉が聞こえてくるっていう?
みけ そう。
モナ そんなことになったらうるさくてたまんないじゃないよ。
みけ だよね。今はメッセージにならなくてよかったと思ってる。
モナ 宇宙音がしようがしまいが、チャネリングはどんどん起きてるじゃないの。
ソファイア@シリウスのギッシリした形而上話だって、無音期間中にやりとりしたやつでしょ。
(22.9.17「ゼロポから個々のセルフができるカラクリ」、22.9.23「パラレルワールドの話」、22.10.18「3次元世界の入り口と出口」)
みけ うん。あれを日本語で講義されたらかえってまとまらない。
  1. 2022/11/01(火) 14:20:35|
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平面世界の生活

2022.5.14(土)

セルジィ@金星とのチャネリ対談です。
セルジィは、筆者とは別のタイムライン(1960年代半ばから分岐する並行世界)で日本にいたことがある
金星存在です。
金星は、筆者の3次元世界の宇宙科学では「生命体が生存できるとしても微生物くらい」といわれていますが、
これもパラレルワールドがどうだこうだと言い出すとそれなりにいわゆる知的生命体が存在するわけで、
どうしても気になる方は『Starry Souls』(ブログ右「出版案内」参照)第3章をご覧ください。
以下の談話も含めて、話半分とか、筆者のフィクションととらえていただいても、もちろんかまいません。

みけ 5次元(心の世界)に設けられた5次元の別棟小部屋である3次元から出ると、
五感のリアリティがフラットになって平面世界っぽくなるって、22年4月半ばの記事に書いたんだけど。
セルジィ 風船から空気が抜けてフニャッとなるみたいな。
みけ その空気に相当するのが実体感なんだよね。
見たり触ったりする五感の向こうに何かしっかりしたマッス(塊)があるっていう。
五感の向こうに塊がある、その塊を塊の一部である身体で知覚したのが視覚や触覚などの五感である、
そういう想定をしていると、実際にマッスがあるっぽく感じられるの。
非3次元はマッスを想定しない世界だから、そのマッス感が抜けるんだ。
セルジィ 大きな形は手前にある、小さな形は向こうにあるっていう立体的な遠近感が、
ただの大きな形、小さな形っていうありのままに見えるようになって、ぺらっとした絵みたいになるんでしょ。
みけ そう。音も、小さな音は遠くて、大きな音は近いっていうんじゃなく、ただのボリュームになる。
セルジィ 視角や聴角が変わるって、物を別の角度から見聞きするんじゃなくて、
まったく別の場面に飛ぶんだよね。場面ごと入れ替わる。
みけ 五感で構成された平面が入れ替わるっていう意味で、ほんとにパラパラ漫画っぽい。
これは感覚のリアリティ、クオリア(質感)が変わるってことだから、かなり大きな変化と思うんだけど、
どうも地味だよねぇ。
実体感が抜けるのだって、さぁ空気を抜くぞいざ! って準備をしてたわけではなく、いつのまにかそうなってて、
あるとき事後に気がついたんだから。私の場合、実体感が抜けてるのに気がついたのは2012年の冬至で、
そのときは視覚がヘンだって感じたんだけど、あまりにも些細なことだから気に留めなかったし、
その意味がわかって「実体感が抜ける」っていう言葉にできるまで何年もかかってしまった。
セルジィ あなたの場合、「感覚の向こうに塊を想定してて、その塊に濃厚なリアリティが感じられる世界(3次元)の
しくみを自分のメタフィジクスにして理解する」って決めていた(コミットメントしていた)から、それはしょうがないよ。
おかげで、あたしも含め、あなたのセルフヴァースとかかわってるentitiesは、
なかなか開けられなかった抽斗が開いて(知識やツールが増えて)感謝してるよ。
3次元の特殊性や堅牢さって謎だったもの。
みけ いえいえ、私でお役に立てたのならさいわい。
私の手もとには『スターピープル』誌(ナチュラルスピリット)の創刊10周年記念号(2010年11月30日発行)があって、
その誌面で、益子祐司(ましこ ゆうじ)さんが、
「アセンションすると光の存在になって悟りの境地に至ると思っている人が多いかもしれませんが、
僕の感覚としては、たった一段階、上に上がるだけのこと」「外見上に大差はないけれど、内面的には
とても意味のある一段を上がるというのが、僕が考えるアセンションです」とおっしゃっていて、
むかしこれを読んだときには「夢のない話だな」って思ったんだけど、
今になってみると、この地味さ加減がそれなのかな、という感じもします。
益子さんって、在地球金星人オムネク・オネクさんの著書を翻訳している方で、奇しくも金星つながりなんですが。

みけ 私は2012年以前に、ガイドスピリッツから、アセンションは個々の意識が覚醒していくセルフ方式になったって
聞いてたから、景色が一変するような集合的アセンションイベントがなくてもとくにがっかりしなかったけど、
セルフ方式だって、もう少しオカルト的に何かあってもいいんじゃないかと思ってたのね。
じゃないと、次元がどうのなんて話は気のせい、気休め、現実逃避かも、って思えちゃうじゃん。
セルジィ あー、超能力に目覚めるとかそういう?
みけ うん。空中浮揚とか、スプーンが曲がるとか、あるいは不食とか。
セルジィ そういうのが奇蹟、びっくり、って、3次元の感性だよね。
みけ ん? あーそうか。そうね。
感覚の向こうにしっかりしたマッスがあって、それ自体の法則(物理法則)で動いてると当たり前に思い込んでる
からこそ、法則をはずれる出来事が驚異に感じられるんだよね。
超常現象がスゴいって思えるのは常識が根付いてるから。
で、超常現象がオカルト話の証拠になるのは常識が根付いているうちだけ。
セルジィ 空中浮揚でもなんでも、それが自分ごととして起きればさ、すぐ慣れちゃうよ。ふつうになる。
みけ 不食っていうのも、意志の力で食欲を克服するんじゃなくて、
きっかけは何かあるとしても、だんだん食べる必要がなくなって、自然にそうなるんだもんね。
で、そうなれば単に「食事をしない生活」になるだけだし。
セルジィ あなたの場合さ、10年前くらいに、左右で周波数のちがう音が聴こえるようになったでしょ。
みけ 私が「宇宙音」と呼んでるやつね。その音の振動が、触感的には微弱電流みたいに感じられるんだけど。
セルジィ それだって、3次元センスからしたら相当不思議じゃない?
みけ そうなのかなぁ。いつも聴こえてるから、自分としてはまったく不思議じゃないんだけど。
だって何の役にも立たないよ?
セルジィ 空中浮揚だってスプーン曲げだってべつに役に立たないじゃん。
みけ そっか。てかスプーン曲げる用事なんてないかも。
でもでも、不食とかヒーリングとかだったら役に立つんじゃないの?
セルジィ そういう生活と関係する変化だって、自分ごととしてそうなったら、それがふつうだから不思議じゃないよ。
不食生活は食べてるのと変わらないし、ヒーリングだって薬飲んだりするのと同じ。不思議じゃありません。
ただいま不食でヒーリングも使ってるあたしが言うんだからまちがいなし。
みけ 5次元ベース(高次から次第に具体化されていく波動が想像の世界で終点になるステージ)で
食べてる存在なんている?
セルジィ ヒーミル(イルカ)@シリウスなんかは微生物のカタマリみたいな棒を食べてるよ。
あれは生態系のバランスを維持するためにボランティアで食べてるんだけどね。
あと、エスラ@アルドラは、地球のカロリーメイトとかソイジョイみたいなやつをがつがつ食ってるよ。
ガムみたいにポケットなんかに入れておいて、ポケットから出したらサイズをでかくして食べるのよね。
あれは完全に趣味。ジムのインストラクターやったり、レスリング大会に出たりしてるから。
話が逸れちゃったけど、みけっち、こうしてチャネリングもしてるじゃないの。
みけ チャネリングって本質は自己対話だから、誰でもやってるよ。
ただ、チャネリングと呼んでいなかったり、キャラクター化してなかったりするだけ。
あーでも、前世紀にバシャールの本を読んでたころには、すごく特殊でハイテクな才能と思えてたし、
遠隔ヒーリングなんてのも神業って感じがしてたなぁ、そういえば。
セルジィ それとさ、テレポーテーション(瞬間移動)だって、起きたことあるでしょ。
みけ あー、あれも全然不思議じゃなかったね。時計は正確だったし、見まちがいもしてないから、
勘ちがいではなさそうだけど、勘ちがいであってもいいし、どうでもいいかな、って感じ。
セルジィ そういうことよ。みんなふつうなの。
チャネリングしてます、ヒーリングも使ってます、ペットと交信してるし、時間を伸縮させて使ってます、超少食です、
ふと思い浮かんだことが適切な時機に引き寄せられてきます、
そんな人が「私はふつうで、サイキッカーじゃありませんよ」っていう生活実感で暮らしているっていう。
自分に聴こえてる宇宙音が、ほかの人には聴こえてないらしくても気にならないし、
誰かにできることが自分にはできなくても、それも気にならない。
どんな能力も現象も特殊じゃないし、人とのちがいも気にならない。
みけ 空気が抜けるみたいに実体感が抜けるって、そういうことなんだね。
実体の法則(物理法則を基礎とする常識)も、実体を想定した狭い世界でのお約束だから、
肝心の実体に存在感がなくなれば、法則に当てはまらないことが起きてもとくに不思議じゃないし、
逆に法則で説明できるようなことしか起きてなくても、それもどうでもいい。
「その引き寄せとやらは、あなたがチャンスを探してた、だからそれに関係のある情報に敏感になっていた、
スキルアップの努力をしてた、そういうふうに細かく検証していけば科学に合致する説明ができるんであって、
マインドの力とかなんとか、そういうスピリチュアルなことじゃありませんよ」といわれても、そうですか、って感じ。
そういう見かたもありだね、ってことで、反発はない。
3次元のキモって、自分以外の何かがルールを決め、決定権を持っているってことで、
その世界設計のために、物質だとか神だとか祖霊だとかを最終決定権を持つラスボスとして想定する
んだよね。
だから、ラスボスの存在感が抜けてしまうと、決定権が自分に返ってくる。
全部、自分がコミットメントして決めてるんであって、法則という言いかたをするんだったら、
「自分の与えたものが返ってくる(自分の定義が実現する、自分で想定しているとおりになる)」ってことだけだから、
自分の決めたことが五感や思いとして現れるのって当たり前で、違和感はないよね。
この道を渡ろうって決めて、向こう側に渡りました、くらいの感じしかない。
この道を渡ろうと決めたなんていちいち意識しない、そのくらい当たり前。
セルジィ 非3次元サイドからすると、この道を渡ろうと決めただけでは渡れない、っていう、
3次元の世界こそが特殊で不思議満載なのよ。
みけ 道の材質や周りの状況や自分の体調なんかをよく調べないといけない。
道が途中で陥没したり、自分が渡り切れなかった場合の備えも必要。
3次元地球にかかわってないentityにそうやって訴えると「外国語?」みたいな顔されるよね。
セルジィ みけっちやあたしみたく、3次元を経験してて3次元ルールを知ってると不思議じゃないんだけどね。
  1. 2022/05/14(土) 16:14:46|
  2. 平面世界(4次元)
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五感のリアリティが変わる話

2022.4.18(月)

いまの私には、思考や想像と、この場に広がる五感光景がまったく別ものである、という感じがしません。

思考や想像と五感光景はまったく別ものだとリアルに自明に感じられる状態が3次元であり、
その3次元実行中のときの意識が第3密度です。
一方、思考や想像も五感光景も何らかの感覚(認識)であり、濃さや強さや移り変わるときの速度がちがうだけ、
というように、一元的に地つづきに感じられる状態が非3次元であり、
非3次元のときの意識が超3密度です。
非3次元の状態では、想像(淡)や五感(濃)は、広大な媒質に起きる波として表現することもできます。
この地つづき状態にリアリティがある超3密度の意識には、
思考や想像よりさらに淡く、速い、きらめき、射し込みのような高次感覚も感じられます。
高次感覚は、思考や想像の世界では、さまざまな色彩、表情の光に象徴されて翻訳されます。
4、5、6・・・と、ベース(いちばん下)の次元が上がっていくと、
五感、マインド、高次の層がスライドしてだんだん淡く、段差も少なくなっていきます。
4、5、6・・・と上がる意識密度の階梯は、感度が精妙になっていくことを示しています。

3次元実行中の第3密度にいるとしても、
それは想像と五感場面が別ものである3次元の宇宙をリアルに体験しているというだけであって、
落ちこぼれているのでも遅れているわけでもありません。
五感の向こうに物質などの実体(物質以外に神、霊なども想定可)を想定し、
仮想実体の法則がすべてを決定するというルールでいろんなアトラクションを体験する
アミューズメントパークにいるようなもの。
なお、このアミューズメントパークは感覚(認識)とは関係ない実体の想定にもとづいているので、
思考や想像の世界すなわちマインドに設営されています。
感覚の最終実現段階である五感化が4次元で起きる第4密度意識のとき、マインドは5次元です。
3次元とは、4次元よりも固い世界のことではなくて、
5次元で「4次元より固い世界がある」と想定してできた、5次元の別棟です。

何年か前まで、私もその5次元別棟のアミューズメントパークにいました。
もっとも私の場合はワケあり客(スターシード)なのでがっつり遊ぶ派ではなく、
パーク全体の仕掛け、導線、乗り物のしくみとかをメモして回っていたのですが。
それでも、考えること、想像することと、見られたり触れたりすることは別なのが自明に当たり前であり、
その別々性にリアリティがありました。
もしも私がワケありでなければ、そのリアリティはもっと強かったかもしれません。
視覚や触覚の向こうに実体があるかどうかなどということは、自分の視覚や触覚を介さずに、
ダイレクトに実体に到達して知ることはできないし、
周りに視覚像や触覚像の束として映る他の人にも、実体のダイレクト把握はできない、にもかかわらず、
そもそも「視覚や触覚の向こうに実体があるか否か」などという問いが浮かばないくらい、
実体は「あって当然」でした。
(ことに実体を「物質」と想定していると、物質があることは直覚の事実と思いがちですが、
本当のところ、物質の直覚は上述のとおり原理的に不可能です。)
その「あって当然」が生存とか死といった観念とも結びつき、
実体の一部である身体を維持していくのが生存、身体の機能停止が死、といった定義をつくっていきます。
3次元にフェイドインするとはリクツで理解してそうするのではなく、
それが前提ルールの遊園地にドブンと飛び込む、量子跳躍ならぬ量子落下することなのですが、
なんかヘンだな? と感じはじめても当たり前感覚がなかなか抜けていかないのは、
五感の強度が強くて、リアリティが強烈だからです。実体感がすごくリアルだから。
3次元は制限や不自由を体験するアミューズメントパークなので、
とくに身体の不調、ときに襲ってくる病気や怪我、思いどおりにならない事物や他人などが、
実体の存在のたしかさを主張し、
実際には実体がどうのこうのなどと考えていなくても、「(実体は)あって当然」という「感じ」を固めていきます。

それでも、「なんかちがう」「こうじゃない世界があるはず」という直感的感触を覚えると、
怪しげな本を読みはじめたり、空を見上げて怪しい雲や光を探したり、
瞑想とかイメージワークなどの非リア充非生産的な行いを日々のルーティンに取り入れたり、
ひとりひみつの引き寄せ、ひみつのヒーリングを試してみたりと、
アミューズメントパークの順路からはずれることをやりだします。
すると、あるときを境に、もしくは「あるとき」がいつだったかわからないくらい自然な転回によって、
「現実」のリアリティが変わります。
五感のコントラストが下がって、五感からなる光景はフラットに(平面的に)なります。
フラットになるとは、
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚などは、それぞれ質がちがうけれども、
自分を中心として四方で明滅している感覚模様のように感じられる、
ひとつづきのスクリーンに起きている「感じ」になるということです。
このスクリーン感がいろんな感覚(波動)の媒質です。
ペノペノのスクリーンに広がるこの色合い、圧力、カチャカチャ音、流動感、一直線感、
等々の向こう側に実体があるなどとは、とても思えなくなってくる。

それらの感覚模様はどこまでも行っても模様、感覚映像としてとらえるほうがリアルになるのです。
脳科学の用語を借りると「クオリア(質感)」が変わるということになるのかな。
私の場合は2012年の冬至にソリッド(固体、立体)からフラットへの感覚移行が起き、
数年してゼロポイントフィールドの使いかたがわかったので、それを使っていろいろワークをしていくうちに、
どんどん平面化が進んでいきました。今では重力も疑わしくなりつつあります。

このように、五感光景から実体感が抜け、フラットになると、
同時に、マインドの景色もよく見えるようになります。
「物」理感覚が実体感の抜けた五感になる、
つまり5次元別棟(3次元)でつくられていた仮想物質という想定がはずれて、
ソリッドな「物」理感覚がフラットな五感になる、
と、フラット光景を映す一元スクリーン感も回復するので、
同じスクリーンの淡い箇所であるマインドや高次の光景まで目が届くようになる
のです。
4次元(五感)をベースとした多次元感覚が動くようになる。
はっきりした記憶情景や言葉になっていなくても、心の動態全体が、
雲の流れを見たり風向きを感じるように、天気模様のようにわかります。
そうすると予感や引き寄せが自然に起きてきます。
ちなみに意図的な引き寄せは、予感をいったん「欠乏/欲求」に二極化して、予感ないし予定として統合すること。
わざわざそんなことをするのは、トキメキを増幅させるためです。
奇蹟は定蹟に、超常現象は常現象になるので、驚きを体験するための仕掛けといっていいかもしれません。
マインドの変調への気づきも速攻になるので、変調感覚の手放しや復調も早く、
ちょっとしたメンテナンスのような感じになります。

それと、わざわざ5次元に別棟までつくって制限や不自由を体験するのって、まじアミューズ、趣味なんだ、
しかもヒネリにヒネらないとできないことなんだ、
ということが、スピなお話としてではなく、感性的に納得できます。
なので、何かのきっかけで3次元を再訪することがあっても、がっかりしたりダメ出ししたりしなくなります。
場合によっては、お、このアトラクションは未体験かも、とか、超久々の悲哀キタコレ! とかね。
3次元がダメなんじゃなく、
自分の選択次第で3も非3もどっちもありなんだ、とわかって、余裕ができるのかもしれない。
多次元感覚化してくると、覚醒急ぎもなくなります。
自他のどちらに対しても覚醒度合ジャッジが消失します。

非3次元ライフって、生活のなかでバシバシ念力が使えるとかそういうんじゃなくて、
リアリティが変わって多次元化するってことなんですね。
五感が現実なら想像や考えも現実、直感も現実(五感を幻とすれば全部幻)。
手から金粉が出るとか、オーラが見えるとか、私みたいに四六時中宇宙音が聴こえるとか、
そういう妙なこともあるかもしれないけど、それはどうでもよく、
多次元の感覚を感じつつ、何の制限もなく、高次から五感へと、流れに乗って流れているということです。

セルフアセンションなので、きっかけは人それぞれで、
もしかすると何の下準備もなく、仲間とパリピってるうちに突然すべてが変わるというようなパタンも
あるかもしれません。禅の世界には、出家はおろか座禅すらせずに悟ったマスターもいるみたいだし。
ハードコアなスピリチュアリストから見たら私などは素人同然でしょうが、
自分的には下積み長ぇよ感があり、ふり返ってみると、
3次元に留まるか、3次元を出て多次元に目覚めるかを分ける決め手はコミットメント(発心、決心)です。
自分を牽引してきたのは、「なんかちがう」「こうじゃない世界があるはず」という直感的感触ですが、
「こうじゃない世界」に行くという決心がないと、その感触が長つづきしないんですね。
実際、1990年代にもチャンスはあった、にもかかわらず、
そのときの私の心は、取引先、納期、資金繰り、人間関係の調整、などなど、
興味はないけどやらなくちゃいけないと自分で思い込んでいることで占められていて、
そっちを優先しているうちに誘導の糸だった直感的感触は消えてしまい、十余年を棒に振りました。
日々、かたづける用事やら確認事項は山ほど創出でき、さらに不測の用件も足せるので、
コミットメントがないと、そっちを凝視することによってそっちがクローズアップされ、
周波数がどうの引き寄せがどうのなんて、宇宙一どうでもいいこととして忘れられていきます。
逆にいうと、コミットメントさえあれば、紆余曲折しても3次元解除に向かいます。
ていうか、紆余曲折のもとになるトラブルやアクシデントもオカルト加速の好機になるんだよね。
  1. 2022/04/18(月) 13:47:23|
  2. 平面世界(4次元)
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アルクトゥルス系在地球人。
男女どちらにも属さないトランスジェンダーで、イタリアの美少年のような豹専務(♀)が同居人。
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