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ソロ・パブリッシュ

ドリーム。

百一匹目のサルの話

2024.2.6(火)

2010年代の前期、オカルト界隈で「アセンション」が話題になったことがあった。
アセンションは「上昇(なぜか可算名詞。腑に落ちん)」という意味だけど、
アセンションをAscensionと最初のAを大文字で書いた場合、キリストの昇天のことらしいので、
もともとはキリスト教用語からとられたニューエイジ語が輸入されたのでせう。
オカルト変異したアセンションとは集団での次元上昇のことで、
次元上昇とは、感覚の向こうに実体(物質)を想定した3次元から、実体(物質)を想定しない非3次元に移ることである。
「3次元の自然体」「脱力あるいは中道」という記事で書いた、
超心(高次)―伝播→心(マインド)―伝播→五感
と、より精細な感覚(波動)がより具体的な感覚(波動)に伝わり、
つまり超心の感覚が心の感覚を、心の感覚が五感的感覚を引き寄せ、
あれやこれや流れるようにスムーズに、ときにダンサブルに実現していく、

という世界に、万単位か億単位の人々が移ると。
ざっくりいえば集団覚醒、集団悟りといっていいのかな。
しかし私の宇宙では、そういうことはありません、非3次元へは個々人でシフトすることになります、と早々に告知され、
セルフアセンションということになった。セルフサービスやセルフレジのように、アセンションも自分でオペしてね、と。

個人の覚醒、悟りだったら紀元前の大昔時空からあったのだから、方式としては原点に戻ったといえる。
ただ大昔時空とちがうのは、実体(物質)ベースの3次元にも情報がどっさりあって、アクセスしやすく、
オカルトに浸り込んでいたって思想警察に捕まるわけじゃなし、
それで村八分になったとしても即食い詰めるわけではないということである。
仕事の都合上、村八分は困るのなら、黙ってソロ活していればいいわけで。
あと、神道仏教キリスト教ギリシャ哲学ウパニシャッド現代物理学等々の気に入ったところだけを選んで編集しても、
学術論文とかにするのでなければ誰からも突っ込まれない。
つまり環境がユルい。
出家して修行集団に入門したり、師匠に弟子入りしたり、山に籠もったりとか、しなくていい。
ユルくなったのは、身分制度とか性差とか人種差、民族差とかの洗脳が百%ではないにせよ相当程度解けたからで、
頭のなかに構築され張り巡らされた既定の世俗秩序を解体する手間がいらなくなったからです。
これに関してはプレアデス周波数の貢献が大きいです。ありがとう、昴よ。
とにかく在家でよく、ネットや図書館を上手に使って独習できればセミナーやスクールに行く必要もない。
だから、「3次元の自然体」「脱力あるいは中道」で書いたように、3次元から非3次元にシフトするには、
最初は「現在地」である3次元のやりかた(努力、根気、工夫)を使わないといけないんだけど、
それにしたって努力しやすい、継続しやすい、工夫しやすい環境になっているのですよ。

だがしかし、私の頭の隅には一抹の疑問があり。
オカルト界隈には、百匹目のサルがどうしたこうしたという都市伝説があったはず。
どこぞのサル集団で、若い女子ザルグループが芋を洗って食べるということをはじめたところ、これが流行り、
芋を洗って食べるサルが百匹に達したら、地理的に離れた別のサル集団のなかにも芋を洗って食べるサルが現れた、
というような話だったと思う。
そんな事例はない、創作だという反論もあったと思うが、このさい動物学的な真偽は置いといて、
この「お話」の要旨は、新たな行動や文化は実践者が一定数に達すると連続空間的にではなく飛び火するように伝播し、
普及するということである。
で、発祥地では学習や練習が必要だが、伝播先ではそうした学習や練習なしでいきなり実践しはじめる。
百匹目のサルの話が事実であれネタであれ、
オカルト界では、たとえばヒーリングなどのスキルは、習得者数が増えると、形態形成場という場ができて、
あとにつづく学習者は先行者より楽に習得できるといわれているのである。
だとすると、現在地が3次元でありながら、ときどきスピ本を読んだりネットで情報閲覧したり、
かっこいい隕石なんかを部屋に飾ったりはしているけれど、
運動だの瞑想だのエクササイズ的なことは一切しない人が、
形態形成場の磁力で非3次元シフトつまりセルフアセンションする、努力せずに努力のいらない世界に飛ぶ、
ということがあってもいいのではないか。
などということを考えていたら、私のガイドチームのひとりであるソファイア@シリウスから声がかかった。

ソファイア もしもし、それはないよ。
みけ え、ないの?(残念)
ソファイア まったくないとは言い切れないけど、心身が整いやすい環境にいる場合なんかの稀な現象で、
百匹目のサルみたいなことにはならないよ。セルフアセンションに関してはね。
ちなみに心身が整いやすい環境とは、自然豊かな土地とか、そういうことではないよ。その人に適合した環境ね。
みけ 形態形成場って、ある場面から別の場面にジャンプする、アップグレードあるいはダウングレードする、
といったクォンタムジャンプ(量子跳躍。連続的にではなく突然変化すること)を3次元視点で説明する概念だよね?
たとえば私が、練習の結果、空中浮揚ができるようになったとして、そしたらあの人もこの人も浮けるようになった、
とすると、自分を含めて誰も浮揚できない世界から、大勢の人が浮揚できる世界に移ったってことでしょ。
これが自分という統覚意識中心の非3次元の見かたなんだけど、それを3次元で説明すると、
物質ベースで個々に分かれた人の一定数が空中浮揚できるようになり、その結果、形態形成場ができて、
さらに大勢の人が浮揚できるようになった、ということになる。
ソファイア そう。だから、3次元世界で形態形成場ができて変化が起きやすくなるには、
物質ベースで個々に分かれた人の数が臨界値に達している必要がある。
ただし、この臨界値ってのは正確に何人ということではなくて、ある程度のまとまりができている必要があるってこと。
みけ なんか、144,000人とかって聞いたことがあるような気がする。
たぶん、聖書とかから取った象徴的な数だと思うけど。
仮に地球の人口を80億人とすると、人口の0.0018%で、約55,555人にひとりっていう計算になるのかな。
だいたい55,000人にひとりがセルフアセンションしてれば形態形成場ができて、
あとの99.9982%の人は何もしなくていいことになる。
どうなんだろう、0.0018%って言うとかなり少数だけど、55,000人にひとりだとけっこういるような気がする、微妙な数値。
ソファイア あくまで「こんな感じ」っていう象徴的な数字だから、それ。
数字よりもむしろまとまり具合が大事なのね。
5万人にひとりがセルフアセンションつまり非3次元シフトしたとしても、
残り79億9,985万6,000人が非3次元シフトに無関心だったり、志向がバラバラだったりして、まとまりに欠けると、
形態形成場はできない。統一されている必要はないけど、潮流とか、傾向とか、ある程度はそろっている必要がある。
結局、そのまとまりができないとわかったから集合アセンションは中止になったんだし、
千人とか数百人単位の集団アセンションでもむずかしい。
みけ そこがサルとちがうところだよね。サルは動物のなかでは周波数に個体性があるほうだけど、
人間みたいに何千という言語や文化圏に分かれるといったバラつきはない。
心(マインド層)に浮かぶイメージ、想像を共有する、あるいは似通ったイメージ、想像をするだけのまとまりがあるから、
形態形成場ができやすい。
人間には、家族や友人グループであっても別星人のように周波数がちがうってことがふつうにある。
何をもって「人類」なのかといえば、実体(物質)を想定したうえでの実体(物質)でできた人体の構造とメカニズムだよね。
実体(物質)を想定したときに実体(物質)ベースの「人類」という共通仕様が設定できるんだけど、
その「人類」の周波数つまり思考や感情も含めた感覚、感じかたはバラバラだから、「人類」に惑星民意識はない。
集合意識という説があるけど、あれは部族の物語とかオラが村の伝説の発展形で、文化圏による差が大きくて、
まとまりがないから「集合」意識とはいえないと思う。
ソファイア 各文化圏に共通する要素があるとすれば、リーダーとフォロワーからなる集団を形成して結束し、
周波数(感じかた)の異なる他の集団からの侵略に備える、あるいは先に相手を潰していくっていう生存戦略かな。
これは実体(物質)からの侵襲に対処しなければならない3次元世界にいるときの非常時マインドであって、
3次元を体験している個々の意識に固有の特性ではない。
バシャールでもアシュタールでもブッダでもキリストでも、もちろん私だって、3次元世界に入ればそうなるよ。
みけ 3次元って非常時体制が常態なんだよね。
リーダーとフォロワーからなる集団はサヴァイヴァル戦略であって各成員の周波数(感じかた、考え)はまちまちだし、
メンバー自体がお互い「得体の知れない実体(物質)」だから、内部分裂とか特定成員の排除とかが起きやすい。
ソファイア 唯一、周波数(感じかた)がまとまる求心力をもつ思考は自然科学。
3次元世界の21世紀時空で実体(物質)ベースで個体に分かれた「人類」に圧倒的に支持されているから。
ただし、自然科学を核にすると、まとまりはできても非3次元にシフトすることがむずかしくなる。
サイエンスは正解を志向するけど、非3次元の「適合感」は正解とはちがうからね。
ある角度(人)にとって不快で不健康な感覚が、別の角度(人)からすると快適で健康的だったりすることもある。
みけ サイエンスを核したまとまりをつくってアセンションまでもっていくにはふたつの条件をクリアする必要があると思う。
①サイエンスは答をひとつに絞っていくアートなんだというとらえかたができること。
②サイエンスの手つづきで出した解答以外の答に対して、またその答に適合感を感じて採用する人に対して寛容であること。
サイエンス派に加わらない人に強制したり、改宗を迫ったりしないこと。

ゼータ星人は、いちばん下の次元つまり最も具体的な感覚(五感的感覚)の周波数域が4次元から5次元に上がるとき、
①はクリアしたけど、②でバグってゴタついた。
というのは、まとまりができていく過程で、フィーリングとかセンスとか、ロジカルじゃない感覚(周波数)を剪定しちゃったから、
ゼータ星人同士の内輪ではそれで全然OKだったんだけど、
ゼータ的には非正解な適合感をもつ角度(人)がすごく理解しづらくなった。
アシンメトリーがかっこいいとか、不協和音だけどめっちゃ刺さるとか、そういうの彼ら的にはありえなかった。
それと、本音と建前が乖離する地球人のマインドが理解できないから、アブダクションとかの事故が起きた。
ゼータ星人は感情を余計なものとしてカットしちゃったって、よくいわれてるけど、それは単純に喜怒哀楽みたいなことじゃなく、
ロジカルじゃない感性を不活性にしたんだよ。
そういうフェーズをへて、彼らは自分たちと異なる適合感をスルーできるようになった。
ゼータ星人は相変わらずスクエアだけど、異なる感覚(周波数)に寛容になった。
ソファイア ちなみにチャネリングなんかで、宇宙系存在が「私たちもかつて身体をもっていた」という表現をするとき、
それは4次元のリキッドな柔らかい五感世界のことをいう。
粘度の高い五感世界を知っているアンドロメダンの場合でも、地球よりは柔らかい。地球比だと3.7次元くらい。
みけ 地球のガチのソリッド世界はほんとにすごい。ヨーロッパの中世とか皇帝がいた時代の中国とか、お伽話みたい。
私みたいなヘナチョコ星人は昭和の前期でもむり。
地球社会になじむには過去世記憶を載せてワンダラー(地球で何度か転生したことがある宇宙人)として入るのがよく、
また安全なんだけど、私みたいな虚弱系はそれやるとマインド壊れるからできないんだよね。
だから3次元には浅漬けにして安全圏から出られないようにして泳がすしかない。
指導教官(と私が呼んでいる人)に、「ユーはむかしなら座敷牢に入れられてたw」って言われたことある。
やっぱりセルフアセンションがいちばん近道っていう結論になりそうだね。
ソファイア そういうこと。移行を楽しんでください。
ていうかさ、百一匹目からあとのサルでいたい人は、そもそも地球に来ないって。スターシードであろうとなかろうと。
むしろ形態形成場ができちゃったら興味なくなるんじゃない(笑)。
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  1. 2024/02/06(火) 13:56:29|
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地球民がハマっているプレイ

2023年12月29日(金)

はじめて地球人とコンタクトする地球外または地底のコンタクティーが地球人同士の交流を観察すると、
対人場面での地球人の思考、感情といった波動(言語化されない思考、感情も含めた思考感覚、感情感覚)は
次のように読めるでしょう。

<ベースの情動>
 恐怖
<ベースの情動にもとづく反応情動>
 警戒
<情動から起きる反射行動>
 逃走または攻撃。どちらも不可能な場合は服従し、逃走または攻撃の機会を待つ
<情動から起きる通常の行動>
 いつでも逃走または攻撃できるよう備える、現在のリスク状況とリスクの将来推移に関する情報を収集する
<例外的に警戒が解かれた場合の行動様式>
 ・自分より対象が優位とみた場合―崇拝、服従、依存
 ・対象より自分のほうが優位とみた場合―支配、操作、統治
<セルフイメージ>
 被害者(こじれて「加害者」になっているケースもあり)

これは対宇宙人ないし地底人ではなく、地球人同士で接触、会話、交渉しているときの波動(思考や感情も含めた感覚)模様です。
宇宙人ないし地底人がコンタクトを試みた場合も、この習性は変わらず、同じパタンで臨んでくると思われる。
と、当然、やばいぞ、となりますわね。
のほほんほんと接触を試みると、みんな逃げてしまって誰にも会えないか、迎撃されて終わりだと。
迎撃といったって、地球民のひとり相撲に終わって、こちらは傷つかないんだが、ともかくコンタクトには失敗してしまう。

対人または対集団関係で利害がぶつかった場合、この惑星民の最終解決手段は暴力ですが、
暴力を野放しにすると規模が広がったり相互暴力(復讐)がエンドレスになるので、
暴力行使を前提としながらも、極力それは使わないように、自他の戦力を計量して相手と交渉し、互いに守るルールを決めています。
それでも、現況が平和で平穏無事であっても、法律や条約の背後には無制限の暴力が控えているのですから、
いざというとき被害を最小に食い止め、潰される前に逃げられるように備えておかなければなりません。
そういうおっかない周波数(感覚)が支配しているのは、地球民が愚かで遅れているからではなく、
ベースとなる情動が「恐怖」だからです。
なぜ基本「恐怖」なのかといえば、地球人とは3次元をやっている意識のことだからです(ただし、自分が全周波数を
統覚する意識だということには気づいていない。気づくと3次元を満喫できなくなってしまう)。
3次元とは、感じ手意識(自分)が感じる感覚すなわち認識の向こうに実体(物質)を想定し、
その実体(物質)が感じ手意識(自分)の感じかた、認識のしかたとは関係なくそれ固有の原理や法則をもつ、
と設定した世界です。
感じ手意識(自分)の感じた対象が感じると同時に創造される(認識即創造)、
つまり自分が感じることによってその感じたことが現れる、のではなく、
あらかじめ実体(物質)があって、その実体(物質)からできた身体が身体内外の実体(物質)を認識している、
つまり認識に先立って認識の対象が有る、そればかりか認識の対象(物)のほうが認識の根拠(身体)をつくっている、
というふうに逆転している世界です。
要はすべては実体(物質)でできていて、全現象は実体(物質)の原理や法則にしたがうと。
で、その実体(物質)の原理や法則は、いったん実体(物質)を想定すると磐石になります。
心の働きはすべて実体(物質である身体)起原となり、超心(高次)はないことになる、
なので感覚(波動)の伝播すなわち引き寄せが起きない、
つまり実体(物質)を想定するということは「引き寄せは起きない」と想定してその引き寄せの無効化を引き寄せることですから、
意識の力では物理法則などの実体(物質)の法則を覆せません。
また、サイエンンスで追究していっても広大に未解明なところがあり、偶然も影響するので、
実体(物質)を想定した世界では何が起きるかわかりません。
実体(物質)を想定した世界では、何が起きるかわからないうえに、
自分にできることは、実体(物質)の法則にもとづく情報を収集して備えることと事後処理に限られます。
だから「恐怖」が基本情動になるのです。
音楽でいうとリズム、バスドラムとかですね。
友好的な関係が築けている家族とかパートナーなどの場合でも、実体(物質)を想定した3次元世界にいる限り、
基本情動が恐怖であることは変わりません。
相手との関係、集団内の関係がきわめて親密である場合には、
その好もしい関係を破壊する出来事を頭のなかで創作して怖れるようになります。
さらに、対人、対集団だけでなく、動植物や山、海、河川、建物、気象など環境全般に対する基本情動も同じです。
逃げるか、戦って征服するか、あきらめて服従するか。
3次元実行中の惑星民が互いに対等な関係を築くことは非常にむずかしく、
したがって3次元の枠外から訪れる存在に対しても対等に接することは至難です。

このように、非常に接触困難な惑星民に対し、
なんらかの必要があってコンタクトをとる場合、
おそらく誰でも考えることは、最も穏便で、かつ情報がいくらか歪むとしても拒否はされない方向を採用することでしょう。
それが、例外的に警戒が解かれた場合の行動様式のうち、自分より相手のほうが優位とみたときのパタン、
すなわち崇拝、服従、依存という態度を引き出せるようにアプローチすることです。
友好的、保護者的で、地球民よりはるかにハイスペックで優れていると思い込ませられる設定、
神、神の眷属や使者、預言者、模範となるようなマスターなど、権威ある存在です。
3次元世界の究極原因として想定された実体(物質)をも左右できる超実体(神など)として降臨するわけ。
バグワン・ラジニーシが見抜いていたように、
神仏などへの崇敬と依存の心性の雛型は、良好な関係にあった場合の親に対する感情です。
コンタクトする側としては奉られても頼られてもアナタ色に染まります的な潤んだ目をされるのも困るんだが、
とにかくドアを開けてもらうためにはしかたありません。
権威ある存在というバイアスがかかっている限り、
崇拝や服従や依存の裏では依然として恐怖情動が営々とビートを刻んでおり、
言うことに従わなかったときの罰を怖れるとか、従えなかった自分を責めるとか、
他人と従順さや謙虚さの度合を競うとか、従順さや謙虚さに関して他人や自分をジャッジするとか、
親子間、兄弟姉妹間で生じるようなゴタゴタを原型とする騒動も避けられません、が、着信拒否よりはマシです。
コンタクトの目的である「なんらかの必要」とは、
3次元の枠内で連続的に推移する時空の将来時点で、脱3次元へとシフトすることが見込まれているので、
その布石として少しずつ情報を投げ、道標を示しておくことです。
ある場面(感覚模様、周波数模様)から別の場面(同)へと量子跳躍することはあっても、
過去から未来へという連続積み上がり推移はない非3次元から見ると、
その道標は3次元へ潜入する前から用意されていた、仕掛けてあったことになりますが。

20世紀になっても上述の構図は相変わらすですが、
というかサイエンスの進展という形で実体(物質)を追究する傾向が強まって、
「世界も“私”も物から成る」という物質(実体)還元主義はいよいよ大々的な公式見解となるのですが、
サイエンスの成果を活用したテクノロジーの発達によって、
実体(物質)からの侵襲(野生動物や隣人に襲われる、災害、戦争や紛争、強毒の感染症など)は見えづらくなり、
リアリティが相対的に弱くなります。
権力者の暴力のふるいかたも、懲罰から矯正、コントロール志向になり、相対的に洗練されてきました。
このあたりはミシェル・フーコーの権力論やその後継研究についてふれた哲学系、政治学系の本に書かれていますが、
要は民を操作、統治する手法が巧妙になっていったわけ。
その結果、恐怖心や警戒心も相対的に緩くなり、
神や祖霊や霊的マスターといった上から目線ではない情報伝達の可能性が開けてきました。
そういうタイミングで、アシュタールとかバシャールなどの「宇宙系」の発信者が登場してきたのです。
私は、宗教系の教典やその解説本とかを読んでいると、すごく深いことが書いてあっても、
神や開祖や先達に対する著者のリスペクトや従順さという倍音が正直うるさく、
かえってメッセージの直截さを削いでしまっていると感じることがあります。
宇宙存在とそのメッセージ、その翻訳(チャネリング)には、そうした倍音がありません。

スピ界隈の一角には、
キリストはじつは宇宙人だったとか、神道系の女神の誰それには宇宙人版があるとかいった類の説がありますが、
これは白いローブなどの衣装を白やシルバーのジャンプスーツに替えたらそうなるという話であり、
周波数(キャラ)という本質がブレなければ、設定はどんな時代、地域、民族、文化でもいいのです。
肝心なのは、何某と称されるその存在や、その存在からのメッセージの「感じ(周波数)」です。
逆に宇宙人何某は何々神話の誰それであるとか、なんとか菩薩であるといった等式も成立しますが、
後発の宇宙系のほうがナマの周波数に近く、時代、地域、民族、文化等の修飾が少ないので、
一般的には宇宙人を神仏などに変換する表現は稀です。

コンタクトやチャネリングのさい、その相手を持ち上げるのでも貶めるのでもなく対等な立場に立って通信するとは、
その相手にせよ相手からのメッセージにせよ、本質である周波数(感覚)を感じとり、
感じ手意識である自分が操縦する宇宙に適合するか、そうでないかを感じ分けられるということです。

恐怖情動をベースとする3次元の感受性のままだど、
3次元で培われた知識、経験、良識によってバイアスがかかり、
偉いから、正しいからという理由で自分と合わない存在を深追いしたり、
逆に関係ないと決めつけて大事な情報を取り逃したり、
メッセージに含まれる脅しのニュアンスに気がつかず言いなりになってしまうなど、さまざまな事故につながります。

宇宙系にせよ天界系にせよ、高次存在というのは本源的には感じ手意識である自分のアレンジであり、
いわゆるハイヤーセルフの別バージョンです。
直球よりカーブやシュートなどの変化球ほうがストライクを取りやすい場合があるのと同じで、
角度をつけたほうが感覚(波動)がクリアになることがある、というだけの話。
ピッチャーが自分(感じ手意識、統覚意識)であることには変わりありません。

最近、ある人から電話があって、その方は、朝、とある方角に向かって先祖や天照大神などに感謝を伝えている、
とおっしゃっていました。
私には、目隠しをしたその方が鏡に向かって合掌し感謝光線を発している絵が見えましたが、
自分のメタフィジクスを講釈するのはめんどくさいし、その方からの感心波を浴びるものいやだし、
感心されても電話が終わったら速攻忘れられてしまうことはこれまでの経験からわかっているので、
ふうん、いいんじゃない、とだけ答えておきました。
実際、それですっきりして元気になるならいいと思ったし、いつかは気づくし。
この方の場合、自分は実体(物質)でできた身体という概念感覚と圧倒的に重なっていて、
先祖や神様は雲の上の存在、別格なんですね。
しかし、たとえハイヤーセルフという存在をそこに加えたとしても、自分と別格なら構図は同じです。
偉い存在のヴァリエーションが増えるだけ。
何系のどんな存在でも、地球民の恐怖情動の屈折作用を受けながらも懲りずにああだこうだと波動を送ってくるのは、
恐怖情動を生じさせている3次元のしくみのすべてが自作のフィクションだと思い出してもらうため、
言い換えると最終的に御簾を取り祓い高い壇から降りてただの周波数構成体に戻るためです。愛だよね(笑)。
  1. 2023/12/29(金) 15:48:26|
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わずかな傾きが意味すること

2023.1.6(金)

放っておくとネガティブになるマインドから、
放っておくとポジティブになるマインドへ反転したとき、 
その差は、たいして大きくはありません。
前者を-1とすると、後者は+1という感じで、
すごく不幸なマインドから花咲く大幸福マインドへとひっくり返るわけではないので。
気がついたら、常時なんか明るくて、風通しがよく、すっきりしている、というような。
日々が凪いでいるからではなく、何やかや取り組んではいるんだけど、どの件もなんとなくかたづいていき、
反芻する間もなくメモリに納められるみたいな感じで、たちまちどうでもよくなってしまう。
問題が見えると、おもろいのキタキタ、とか、チャンス、と感じることもありますが、済んでしまえばたいした感慨はありません。
とにかく、ずうっとポジティブ。なんとなく愉快。
それも、慣れるとふつうになるので、とくにポジではなく「中立」です。

放っておくとネガティブになるマインドとは、
ぼうっとしていたり、何もすることがなかったりすると、
ネガティブなことを考えたり思い出したり、気持ちや気分が暗くなったり重たくなったり、自分や他人を責めだしたりする、
といった傾きをもつ心です。
ナチュラルな状態がネガティブなのです。
+でも-でもない中間点はゼロですが、本人の自覚では「悲しくもないしイライラもないし疲れてもいない(ゼロ)」でも、
そのつもりのゼロがじつはすでにマイナスだという。
22年末の記事「思考の癖を変える」で書きましたが、3次元ではこのナチュラルなネガティブがデフォルト(既定)設定です。
前世紀末くらいにポジティブシンキングというのが一瞬流行りましたが、あれがうまくいかないのは、
既定の設定(ネガティブ)を変えないで強引にポジに振り切ろうとするので葛藤を起こすからです。ムリがあるのです。
放っておくとネガティブになるってことは、ネガティブなことを考える「癖」になっている、習慣になっている、
習慣になっているってことは、自覚しなくても作動する自動意識(潜在意識)に組み込まれているということなので、
まずナチュラルに出てくる「癖」を変える必要があります。
で、統合ワークとか、統覚意識回帰とか、各人それぞれの方法を何度も実践して「癖」がとれていくと、
あるとき、ふとナチュラルなポジティブに転換しています。
途中、ナチュラルポジで波に乗ったフローやゾーンを体験しながらも、ちょっとしたきっかけでネガマインドが復活する、
という行き来もありますが、だんだんネガマインドには他人の服を着ているような違和感を覚えるようになり、
最終的に、気がつくとナチュラルポジになっていて、あれ、あの「癖」はどこへ行ったんだ? となります。

「癖」を変えるというと、たいへんなことのようですが、
3次元運営のためにナチュラルネガマインドを錬成するのとちがって、
右利きから左利きに変えたのをまたもとの右利きに戻す、というようなことなので、
もとの右利き感をホンノリでも思い出すと、あとはズンズン行けます。

さて、昨年末の記事「思考の癖を変える」にいただいたコメントがきっかけで、
2025年付近の予言とか、2025年問題とかをネットでさらっと調べてみました。
25年付近の予言については、日本で起きるという大規模地震を中心に、なんらかの自然災害が広域で頻発する、
戦争の広域化、物資の欠乏、金融など経済の大混乱などが、それぞれ別の情報源から言われているようです。
現在、存命中の今世代の人たちがいまだ経験したことのないような、まさかまさかのことが起きるという。
2025年問題のほうは、団塊の世代が75歳以上になること、少子高齢化の高進により、
介護、年金、医療方面で供給が追いつかなくなる、労働力が圧倒的に不足する、というようなことで、
こちらは社会科学ベースで予測されていることです。
人工知能の能力が人間の能力を超えるとか、国際情勢的にやばい国々がやばいとか、
いつと特定はできないけれども近未来に懸念されることもあれこれ。
2025年というのは、これら種々の警告の集約なのかもしれません。キリもいいですし。

私の知る限り、前世紀のむかしから、予言にせよ社会科学ベースの予測にせよ、ほとんどが危難に対する警告です。
それは、生命は生存の危機に敏感に反応するという3次元サイエンスにもとづく見かたからすれば当然かもしれないし、
物質の実在を想定して、認識もその実在する物質から「知覚」として生じると定義する3次元世界では、
物質でできた個体と物質で構成される環境との対立、相克が内包されている、という、
私のメタフィジクスからしても妥当といえます。
対立、相克が内包されているとは、
たとえば地面の大きな振動という現象は、中立的な現象ではなく、そこで暮らす人にとって災害になる、というように、
物質環境の変化が認識(知覚)の主体である物質製の人間の恒常性を攪乱する、
そういう角度で見えるようにお膳立てされているという意味です。
恒常性が保てなくなる変化は「破壊」とか「死」とか、良くないという意味づけがされている。
なので、予言も予測も「良くないことが起きる。注意せよ」という警告になりがちです。
むろん、危難への警告は空振りに終わったほうがいいので、
来るかもしれない危難に対して備えるという形で警告を活用するというのが賢明な対応でしょう。
人生や生活態度を見直したり、いつ何が起きても起きなくても関係ない24時間マインドフルネスをめざすのもありでしょう。

しかし、予言や予測を活用できる路(みち)はそれだけなのでしょうか?

予測は自然科学や社会科学といったサイエンスのデータにもとづいています。
なので、3次元の過去のデータを見て、このまま推移していくと何年後くらいに大きな変化が起きそうだ、
ということを言います。
そしてその大きな変化によって、これまでどおりの生活ができなくなる(恒常性が破綻する)という内容です。
予言は予言する人の直感的なビジョンやイメージにもとづいています。
地震、火山の噴火、洪水、彗星などの衝突その他の自然の変化や、戦争などの広域で起きる人為的な出来事、
あるいはそれらによって大勢の人や人以外の生物が命を失ったり、混乱したり、困窮している光景とか。
で、別のチャンネル(並行世界)まで探る人は、どの世界でも同じまたは似たような光景が見られる、
どの局でも同じニュースやってるやんけ状態になったときに「詰んだ」と見ます。
身体の輪郭面を脱し、経歴や生育歴や積み上げた思想信条信念を脱し、前世や来世を脱し、
ただの感じ手意識(統覚意識)の自分まで遡ったとき、予測データや予言のビジョンはどう感じられるでしょうか。
つまり予測や予言の映像ができる前の電気的信号明滅状態まで退いてみようということです。
高次で感じるその感覚はどんな感じ?
私には、場面から場面へのジャンプ距離が大きい、いくつかの変動としてとらえられます。
桁(けた)が変わるとか、高低差の大きい移動とか。

まだひとつも具体化していない、想像やイメージにすらなっていない始発域では、
どんな「感じ(感覚、波動)」も単純素朴な模様でしかありません。
「ジャンプ距離が大きい」としても、まだ跳躍、落下、水平方向といった区別もありません。
ポジティブでもネガティブでもありません。
つまりかなり広大な解釈の余地があり、それは発想の余地でもあり、
ポジにもネガにもできるし速度も決められるということです。

この路(みち)を採用するとき、
前回の記事や、この記事の前段で書いたような、思考の癖が大きな意味をもちます。
放っておくとネガティブなマインドになるナチュラルネガティブなら-1、
放っておくとポジティブなマインドになるナチュラルポジティブなら+1、
このわずかな差が、大きな開きになります。
距離の大きいジャンプ、大きな変化という単純素朴な「模様」が具体化していくとき、
-1に傾いていればそれは-100、+1に寄っていれば+100になるからです。
どちらも正解です。
-1が+50になったり、+1が-30になったりすることはありません。
プラスもマイナスも、放っておくとそうなるという癖、ナチュラル状態の性向を示しているので、
どちらにしても、大きく育つ因子を投げ込めば、それぞれの性向にしたがって膨らむのでした。

私は、地震や火山の噴火などを、地球から遠い空間の超新星爆発や真空崩壊に転移できる、といった類のことを
言っているのではありません。できたらおもしろいけどね。
地震も火山の噴火も戦争も起きるかもしれない。
いつの時代のどんな「災厄」も、起きるときは個人的な「災厄」として起きます。
どんな出来事であれ個人の体験として、さまざまな光景や衝撃が個人的に体験されるのであって、
個人の感覚を介さない客観的な「災害」体験などというものは存在しません。
ニュースの音声や映像や文字も、個人に見聞きされます。
隣人が負傷してショックを受けたとすればそれも個人の体験だし、
負傷した当事者の視点で広がる世界の体験とは全然ちがいます。
他者の痛みを想像したとしても、想像のなかにあるのは「誰それが自分だったら」という自分の痛みであり、
しかも想像上の痛みです(他者の痛みを五感的に感じる性質の人の場合でも、その痛みは自分に起きたものです。
痛みは五感の感覚ですが、他者の痛みとの関連づけは心のなかで行われています)。
そうした個人の宇宙において、マインドが潜在意識(習慣的、自動的に起きる思考の癖)ごと+1のナチュラルポジティブ
だったらどうなるのか。
じつはわかりません。
3次元に資料や史料という形すなわち歴史として存在する記録は、全部ナチュラルネガティブが前提だから。
そもそも3次元は、あらゆる変化を「機能低下」「壊滅」「病気」「死」といったネガ角度に変換してネガとして体験する
ネガのテーマパークであり、それ自体はよいことでもわるいことでもないのですが、ポジの資料はないのです。
わかっているのは、ナチュポジならポジ方向に広がるということだけ。
なので、この路を採った人は人跡未踏の域に入ります。

なんだと、ここまで引っ張っておいてそんなオチなのかよ、
そんなこと言ったら3次元だっていつでも先は未踏じゃないか、
予言のほうが言い切ってるぶん潔(いさぎよ)いぞ、このお茶濁しのインチキ星人め。
もう自分でそう突っ込みたくなるような結論だ。
ゼロポイントフィールドには起きうることすべてと、同時にすべてが起きえないという全情報があり、
自分という一人称の認識(意識)装置を形成するワンネスのセルフ(個別視点をもつハイヤーセルフになる前のセルフ)は
その全情報を把握しています。
しかしそれはONとOFFの明滅信号であり、
ハイヤーセルフまで遡っても明るさ、暗さとか、直線、流線、運動とか、光やエネルギーの万華鏡みたいな感じです。
懐かしさ、究極の癒し感、ただいま感があるとしても、山とか川とか街のような具体的な像はありません。
そして、各視点(各人)お好きにどうぞのセルフアセンションなので、そこから先は兆人兆色ばらばらです。

セルフアセンションって、まとまったイメージ像みたいなのは提示できないんですよ。
このへん、スピ先生方だって、抽象的もしくは象徴的なことしかおっしゃっていないのでは?
でも、レムリア人もびっくりみたいな、この未踏感が、言葉じゃなく感性的に(波動で)わかると、ゾクゾクくると思う。

と、ここで宇宙連合事務局広報部みたいなところから通信あり。プレアデス周波数です。
ひとつ参考資料があるとしたら、2012年以前に刊行されたり公開されたりした一斉アセンション文献ですと。
2012~13年近辺に惑星規模の不思議現象が起きて、「人類」の大多数が、なんだかわからないけど素敵な世界に
クォンタムジャンプする、というアレですね。
その前の災害とか争乱の「浄化」のくだりはスルっとスルーして、ポジな記述に焦点を当てる。
それが「人類」全体にではなく自分個人に起きることに変換して「リーディング」するんだって。
リーディングというのは、行間を最大限まで広げて読むこと、妄想読みもしくは二次創作のことです。
そうそう、この場合は「自分版として二次創作する」と言い表すのが適当かな。
何がアセンションだよ、何もないじゃねーかふざけんな、って断捨離しちゃった人(←私)にはできないけど、
手もとにそれっぽいものが残っているなら試してみてもよいかもです。
  1. 2023/01/06(金) 13:58:08|
  2. アセンションについて
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近未来予報

2022.12.18(日)

前回の記事(22.12.10「水の時代」)でヒーミル@シリウスイルカが伝えてきたことの補足です。
桃山時代であれ令和であれ、どんな時空にいても、自分で決断しないといけないことはいろいろあります。
西軍東軍のどちらにつくか、とか、ある流行病に対し、政府推奨の予防法を採用するかしないか、とか。
ことの大小によらず、生活していると決断の局面はいくつもやってきます。
アポの日時をどうするか、とか、いつもの歯ブラシにするか新製品を試してみるか、とか、
パソコンを今すぐ再起動するか再起動の時間を指定するか、とか。
成人すればたいていのことは自分で決められるように思える、けれども、
じつは、常識にしたがっていると、自分で決めるのは非常にむずかしい。
「常識にしたがう」というフレーズどおり、自分ではなく常識が決定することになるからです。
もっとも「常識にしたがう」と自分が決めたのなら自分で決定したといえますが、
常識の大半は習慣に刷り込まれていて自覚できず、姿勢や歩きかたのクセのように「考えかたのクセ」になっていて、
それは「常識にしたがう」と主体的に決断した結果ではありません。
では「考えかたのクセ」はどのようにできあがるのか、どんなクセなのか。
言い換えると、「自分」はどのように常識に乗っ取られ、どう操作されるのか。

Ⅰ.インストール
常識にしたがっている人とは、親や先生から聞いたことをマに受けている人といっていいでしょう。
マに受けているというよりは、マに受けられた、受けることが可能であった、というか。
でなければ、リスペクトする友人とか先輩とか、リスペクトする推しとか、心のグルとかから聞いたことをマに受ける。
誰から何を聞いたにせよ、
①自分は社会を構成するいろいろな集団の一員である。つまり社会の一員である。
②社会は物質環境から生存に必要な物資をつくりだし、分配したり流通させたりしている。
ときには、他の社会集団からの侵襲に対し、成員の生命や貴重な物資を防衛しなければならないこともある。
生存に必要な物資はタナボタでは手に入らない。精励努力して物質環境に働きかけなければならない。
③よって、社会の一員である自分は、社会全体で行う②の活動の一端を担わなければならない。

といったところは通底しています。
じつは常識中の常識は①②③よりも下にあって、それが、
1.五感の向こうには固有の法則をもつ実体(物質)があると想定する。
五感の向こうの実体の有無は、五感を介入させずに確認することができない以上、証明できないので、
「ある」とも「ない」ともいえるが、「ある」と想定する。「ある」を選択する。
2.想定した実体(物質)からなる身体は、物質環境への反応によって知覚を生じさせ、
その知覚にもとづいて観念、思考、感情といった主観や、身体を拠点とする主観のまとまり(自己意識)ができる。

という、筆者が3次元と呼ぶ世界を起動させる定義である。
1も2も心のなか(マインド)で定義されますが、いったん定義されて3次元世界が起動すると、
五感のリアルさのために想定だということは自覚できなくなり、
想定した実体の法則が森羅万象を決定すると思えるようになります。
この常識中の常識、「物が究極の、本当の、逃れようのない現実である」は、
①②③を通して、いわばサブリミナルに浸透します。
そもそも①②③を吹き込む、いわばダウンロードサイトのような親、先生、友人その他にしても、
これこれの姿形、声をした、こういう役割の人、と自分で組み上げている、心のなかにいる心像なので、
①②③もその下の1.2.も自作なのだけれども、
「物こそ現実」の3次元世界がフェイドインではじまってしまうと、それも自覚できなくなります。
常識人には、1.2.はもちろん、①②③も、自明の当たり前すぎて、意識に上ってきません。
意識に上っているのは、1.2.①②③の土台のうえに載って展開していく3次元世界の運営のことです。
3次元オペレーションは多用で多忙なので、土台を意識しなくても処理できるようになっているといってもいいでしょう。

Ⅱ.オペレーション
日々の3次元オペでは、次のふたつの視点が用いられます。
(1)無自覚に想定している物質の法則と、それをベースにした(科学に裏づけられた)一般常識。
(2)無自覚に想定している物質でできた身体が、皮膚の外の物質環境に反応することによって生じる知覚、
知覚を仕分けしたり判断したりして生じる観念、思考、感情といった主観、主観のまとまりである自己意識による認識。
つまり感触や味などの知覚、考え、気持ちなどの個人的な感覚や主観。

身体に由来する自己意識(知覚を含む主観のまとまり)を一般に「自分」と呼びます。
ちなみにスピリチュアル界でいうエゴとか自我は、身体に由来するこうした自己意識をさすことが多いようです。
自分も、自分をとりまく物質環境も、どちらも(想定された)物質ですが、
自分をとりまく物質環境と自己意識ないし主観は対立し相克します。
なぜなら、自己意識の拠点である身体は(1)の法則(物質の法則をベースとする化学や生物学など)によって
生存、延命、恒常性の維持をはかりますが、
同じく(1)の法則に拠っていても、環境のほうは生存や延命や恒常性の維持といった目的を共有しておらず、
(1)の法則にしたがって変化しているだけだからです(たとえば地震、大雨、他生物の盛衰など)。
つまり物質環境と自己意識ないし主観の対立、相克は、(1)に内包されています。
したがって、(2)の「自分」を保全するためには、
(1)の法則を探究、調査し、その結果に関する情報を集め、知識として積み上げ、評価し、
自分の保全という目的に適うように応用、工夫しなければなりません。
動植物の場合、探究や情報収集、選別、応用など環境への対処方法は生得能力に組み込まれていますが、
人間の生得能力は動植物に比べてたいへん低く、
環境への対処法のほとんどを①②③に促されて社会的に学習しなければならないので、非常に努力を要します。
(1)を他人軸、(2)を自分軸と言い表すこともありますが、
自分も自分をとりまく環境も、無自覚に想定した物質に還元され、(1)の物質の法則に拠っているのだから、
物質を想定した世界(3次元)には他人軸しかありません。
(2)の自分の考えとか気持ちとかは、物質環境という他者世界への反応にすぎず、
さらには①②③に促された社会的学習によってコピペ、編集したものであって、オリジナルのものではないのです。

以上が、常識のインストールのしくみと、無自覚に刷り込まれる常識の基礎(Ⅰ)、
常識が発動するしくみ(Ⅱ)です。
私の用語でいうと、五感の向こうに実体(物体)を想定した3次元を体験しているときのマインドの構造とメカニズム。
「常識人」とはスタンダードな人という意味で、よしあしや優劣の評価は込めていません。
ただ私のセルフヴァースでは真逆で、地球の常識人は汎銀河的にUMAくらいにユニークな存在ということになり、
複雑な5次元(マインド)操作をして稀有な世界を体験しているエリートの風流人としてリスペクトされています。
常識にもとづいて開いてくる世界(3次元)を体験しつづけるのも、やめるのも自由です。

でも、3次元の時空間進行を適用したときの2020年代以降、
自分の選択、決断次第で、その先に展開する世界が大きくちがってくるという局面は増えるでしょう。
Aを選ぶかBにするか、あるいはどちらも選ばず保留するか、
どういう選択が自分にとって適切なのかを自分で感じとって決めるということです。
周りの人がみんな「それはやめとけ、むりだから」と言っていても、自分にとっては最適ということがあるし、
反対に周りみんなが「これがいい、ふつうそうだろ」と言っていても、自分には合わないということもある。
家族とか親しい人も含めて、他人にとっての正解が自分にとっても正解とは限らず、逆も然り。
2000年代くらいまでは、多数派と少数派がいたにせよ、多数派の見解には共通項があっておおむねまとまっており、
主流というものが見えました。まめに情報をチェックしていれば押さえどころがわかったのです。
就職とか結婚とかのライフプラン、収入など、幸福のスペックもだいたい決まっていました。
実際に幸福かどうかは関係なく、上述Ⅰの①②③にかかわる、心のなかにつくられた社会では、
スペックを満たせば「しあわせな人」と目されるので、それでよかったわけです。
しかし、2010年代あたりから(デムパ的には2012年冬至以降)主流とかスペックとかの「まとめ」が利かなくなってきました。
この傾向はもっと加速するでしょう。
専門家や権威筋の見解はばらばら、その反転図である陰謀論の見解もばらばら、スピ界もばらばら、
五感や心や超心がどうであれば幸福なのか、条件の有無や内容、などはもとよりばらばらです。
例の「セルフ」アセンションは、このまとまりの瓦解が前提なので、
自分なりの方法で脱3次元(常識はずし)、本来のセルフ意識への回帰を勧めてきた人には、
風通しのいいフェーズ(段階)キタぞワクワク、といったところでしょうか。
適合感、フィット感、違和感、アンフィット感がわかれば、合うほうに乗って合わないほうを手放せばいいわけだから、
むちゃくちゃにシンプルです。

何を選んでも選ばなくても、本人にとって適切な選択ならハッピーになります。

2010年代のはじめごろ、たしかイタリア人の著者のアセンション本のあとがきに、
「4次元に行くときはみんないっしょだが、5次元に行くときはひとりひとりだ」というフレーズがありました。
当時は何を言っているのやらさっぱりわからんかったのですが、
「4次元に行く」をポジであれネガであれ何らかの汎地球的イベント、たとえばパンデミック、
「5次元に行く」をマインド(思考、感情、想像など)がバラバラ化したフェーズに向かうこと、ととらえると腑に落ちます。
そういえば同じころ、ネットで3か月くらい交流のあった方が、
「トリガーになるのは地震じゃなくて呼吸器系の感染症だよ」とおっしゃってましたね。
感染症の種類や時機は不明でしたけれども。
アセンションなる用語も、モヤっとしていてイメージしにくかったのですが、
今にして思えば、これは意識が変わることですね。
一般的にいう意識が高いとか低いとか、生活観、人生観みたいな域よりはるかに深く、
物感とか時空間感のような万年単位で定着しているような暗黙常識までひっくり返し、
感触、リアリティごと変わること。
人間が動物か植物だったら、首が長くなるとか、海から陸に上がるとか、
器官や生得行動の変化の端緒になるようなことなんでしょうが、
人間には動植物のようなまとまりはないので、
というか動植物のまとまりの代わりにこしらえた偽のまとまりが壊れて、
むしろ単独性が露呈する形で進みます。それがセルフアセンションです。
  1. 2022/12/18(日) 14:45:37|
  2. アセンションについて
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元型②

2022.1.11(火)

前回のチャネリ談のつづきです。登場するのはソファイア@シリウス(天の川銀河核担当)と、
モナ@アルクトゥルスです。

みけ このところ、むかしのスピ本とかスピ雑誌とか読み返してる、って、ひとつ前の記事とまったく同じこと
言ってますが、今回のチャネリ談って実際には多角度同時通信だからしょうがないんだよね。
これ、宇宙会議?
ソファイア そう呼んでも呼ばなくてもいい。というかシンポジウム的なやつだな。まじで多チャンネル。
このまま文字にすると収拾つかないだろうから、不肖ソファイアめがまとめ役を務めさせていただきます。
みけ 歌舞伎やオペラの劇場で貸し出す解説イヤホンガイドみたいなのをやってくださると。よろしくです。
宇宙系のオカルト情報って、十年くらい前にワッと盛り上がって、2013~14年あたりで凋落したよね。
これは私が自作している合意現実、私版の時勢としてそうだったということですが、
当時は3次元を仮想だって見抜けていなくて、感覚の向こうに何か(物質)が実在している、
これは自分の感じかたとは関係なく固有の法則で動いている、量子力学とかを介さないと自在に動かせない、
けど量子力学ってムズい、と、そのへんでモヤモヤしてたので、「みんなに起きていること」みたいにとらえていましたが。
ソファイア 3次元って5次元(思い、イメージ、記憶などの非五感的つまりは超五感的な世界)の出張所よな。
みけ あーそれはうまい表現。心のなかで五分前の世界とか五分後の世界とか広がりとか奥行きとか内側とか、
いろんな思いを支えるメタ思念として想定してるから、たしかに超五感世界の出張所。
けどそれに気がついてなくて、五感世界(4次元)の向こうに固い塊の世界(3次元)があると思ってました。
ちょうどその十年くらい前から塊のリアリティが薄まってうそくさくなっていったんだけど、
2019年か20年くらいまで、理屈として塊を前提にしてた。
ソファイア 宇宙系バブルが萎んだってのは、ポジにせよネガにせよ3次元で「2012年冬至のイベント」が起きなかった、
ポールシフト(極の反転)もベテルギウスの超新星爆発もなくアイソン彗星は蒸発した、ということで、
やっぱりインチキだったんだ、とか、地球人はアセンションに失敗したんだ、となって人心が離れた、ってこと?
みけ ですね。その後、バシャールの「2016年秋にすべてが変わる」発言でまたちょっと盛り返すんだけど、
このときもとくに何も起きなかった。
モナ あなた自身のセルアセンションに焦点を当ててみてよ。
2011年、本当のマヤ暦の終わりはここだ、みたいな説とほぼシンクロして宇宙音やチャネリングがはじまり、
12年に3次元の固い塊のリアリティが薄れて、16年秋にゼロポイントフィールドとの回路が開く。
そのテの「予言」はみんな当たったんじゃなくて?
みけ ほんとだ。あれれ。
ソファイア 笑。合意現実ってのも自分で仕掛けてるカラクリだからね。
でも16年以降、あなたは非3次元化(脱3次元)を選んで、非3次元宇宙に回帰する方向に向かうから、
そこからはもう合意現実を照合しなくなる。合意現実にリアリティがないんだから照合しても意味がない。
ちなみに2017年にゾフィー(3体ある「ソフィア」の別バージョンのうちの1体)から「マインドの5次元上昇」を
予告されてるけど、憶えてる?
みけ 憶えてます。けど、それが「5次元の出張所(3次元)撤収」を意味するってことが、
そのときはわかってなかったから、いたずらに謎めいてて、
個人的な不思議イベントを期待して何もなかったからがっかりしちゃった。
あとになって思い出して、いつか記事にしたいと思いながら機会がなかった。ここで蒸し返してくれてありがとう。
と、それはそれとして、私の合意現実で宇宙系バブルがはじけたあと、
私の合意現実としてのオカルト界の流れは大筋で悟り系に向かうんだよね。
だけど、宇宙系でも悟り系でも、表現がちがうだけで、言ってることは同じと思う。
モナ そこなんだけど、冷静に3次元思考すると、銀河系、太陽系が、何々星、何々星人が、UFOが、って話と、
非二元が、とか、マインドフルネスが、みたいな話って関係ないじゃん。
宇宙系、悟り系、天使系、精霊系、民族派(神道系、シャーマン系など)、超心理学、超物理学、その他、
いろんな流派の共通ベースって「意識」なんだけど、
あなたの場合、それが最初から当たり前だったというか、何の疑問もなかったのよね。
みけ うん。宇宙人、天使、何々如来、そういうの、最初から「元型」的なとらえかただった。
で、3次元時空に何かが現れる、何かが起きる、というとらえかたで3次元を凝視していると、
それ固有の法則をもつ何か(物質)で充満している(と想定した)3次元には元型を受け容れる余地はないから、
ジャンプスーツを着たプレアデス人とかローブを着た阿弥陀如来が自宅を訪れる、なんてことは起きないと
予感してました。ヤフーニュースになるような「公式コンタクト」もないだろうと。
3次元にリアリティがあったころも、なんとなく、それはない、そういうことじゃないって思ってた。
今だから言えることとして、何か超常現象的なイベントが起きるとすれば、
塊のない、フラットな像だけの五感(4次元)の世界でだと思う。
けど超五感世界で元型に慣れっこになっちゃってると、それはもう起きても起きなくてもいいって感じ。
電子書籍を5次元から上だとすると、4次元は紙の本で、紙にするかしないか、くらいのちがいしかない。
むろん電子は電子の、紙は紙のよさがあるけど、内容は同じでしょ。
ところで、私はなぜ宇宙系という表現をとってるんだろう? ほかの流派じゃなく。
モナ あなたの場合、高い次元からストレートに3次元に入るのに、
3次元時空で培われた地域の文化、伝統、ジェンダーとかのバイアスがかからない宇宙系が最適だったから。
ストレートにではなく、螺旋形に入っている場合は、ほかの流派の表現になったり、
同じ宇宙系でも「かつて地球人として生きたことがある」という記憶をいくつか載せて、
ワンダラー(地球での転生記憶をもつ意識。元の意味はさすらい人、放浪者)という表現をとります。
みけ どんな表現をとるにせよ、統覚視点がゼロポイントフィールドを「当事者の経験として表現する」ときの切り口、
角度のちがいだよね。いくつかの流派がカブってることもあるし。
モナ そう。ただ、超五感世界が必ずしもチャネリング、コンタクト、霊感といった形をとるとは限らないの。
そこにはこだわらないで、フッと浮かんでくるイメージ、想像、感情を大事にしてほしい。
5次元の出張所(3次元)を引き上げて、塊のリアリティが薄れていくと、
相対的に超五感世界のリアリティが上がって、現実味を帯びてくるからね。
ちょっと目線を上げて、超五感世界の「感じ」に焦点を当ててほしい。
それが五感世界(4次元)を連れてくる
んだし。
ソファイア あなたはもうわかってるだろうけど、どの次元も統覚視点で見ている夢であり、夢という現実なんだ。
いちばんはっきりしている五感世界を「現実」とするなら、イメージや想像や感情も「現実」なんだよ。
五感じゃない「現実」ね。

みけ むかしのスピ本やスピ雑誌を読んでて思ったんだけど、
総じて、むかしの次元上昇プロセスってたいへんだなぁ、って。
今まで抑えてた感情が出てきたらそれを感じ尽くさないといけないとか、過去世を残らず思い出せとか、
脳波をシータ波かシータ-アルファ波ベースにするとか、
著者によって言ってることはちがうけど、まともにやってたら一生涯では終わらないかも、って思った。
ソファイア あなたのバージョンの合意現実で2016年秋にゼロポイントフィールドの回路が開いて、
そういうのがゼロポへの還流(手放し)という形で簡単になったわけ。ゼロポとつながると、
①ゼロポとつながると同時に自動的に統覚視点に戻れる。
②①の結果、マインドスケープ(風景)が見渡せるようになり、3次元ベースのヴァイブレーションに気づける。
それをゼロポに還すことができる。
③②を繰り返すことにより3次元への注目度が下がるとともに超5次元への注目度が上がり、
4次元(五感世界)が着地点となる非3次元宇宙に移行していく。
と、次元上昇のプロセスがシンプルになる。

ゼロポとつながってないと、マインドにある3次元ベースのヴァイブレーションをゼロポに還せないから、
塊前提の3次元の世界にいったん全部落とし込んで、感じ切るとか、3次元時空に沿う形で思い出すとかしないと
終わらせられないんだ。
みけ 3次元という「アプリ」でいったんファイルを開かないと削除できないんだね。
それがファイルを開かずに、しかもいくつかまとめて削除できるようになった、と考えていいのかな?
ソファイア そう。その一方で、超5次元の情報を得るには一時的に3次元から出る、つまり意識を変性させないと
いけないんで、それがシータ波云々ってこと。
みけ 5次元の出張所(3次元)を掃除するのは建物の内部からしかできない、
その掃除がすっかり終わらないと撤収できない、
その一方で、ときどき外に出て外のようすを見てこなくちゃいけない、みたいな。
ソファイア そう。でもって、外の情報は出張所の構造や機能に寄せて翻訳されるから、
+と-が善悪になったり、次元の階梯が上下関係でとらえられたり、いろいろと偏差が生じる。
あと、掃除が行き届いていない場所で翻訳が起きると、憑依とか低級霊的波動に誘導されるとか、
いろいろこじれるんで、プロテクションがしっかりできないといけない。
みけ 鬼めんどくさい。むり。
でもそういうのをゲームみたく楽しめる人にはいいかもね。
ソファイア うん。あと、じっくり味わって満喫したいテーマがあれば、
そのテーマについては「感じ切る」方式をやってもいいんだよ。それは自由。
特定の人間関係とか、特定の人間集団に対する憎しみと赦しとか、
特定分野(仕事、お金、健康その他)に固着した反応とか、何であれ。
満喫したくないのにこだわってしまうとか、同じ反応をループするテーマがある場合には、
ヒーリングを受ける、もしくはセルフヒーリングを推奨します。
もっとも、ヒーリングされると「味わいたかったんだ」とわかると思いますが(笑)。
みけ 3次元にリアリティがあるとわかりにくいかもしれないけど、
憎む、嫌うとか、悩むとかって、対象との絆、かかわりを強めるんだよね。裏ラブコールというかツンデレというか。
ソファイア そう。憎む相手は赦し、悩んでいることは気にしなくなれば、縁は切れます、すっぱりと。
みけ 3次元っていうのも、テレビの小さな画面(ワイプ)みたいになって、気にならなくなればいいんで、
すっかり解体されるのを見届けなくちゃいけないってわけじゃないと思った。
逆にワイプがじゃまだ、消えろ、と注目してると、クローズアップされて大きくなっちゃう。
ワイプ画面の大きさと統覚視点からのズレ具合は比例している。
「なになに、何が起きたの?」「今なんて言った?」ってワイプに注目すると、もう画面はでかくなるし、
統覚視点からズレた、塊(身体)の自分に変わっちゃう。
ソファイア 関心を向ける、注目する、気にかけるというのは、その次元(世界)を立ち上げるってことだからね。
認識=存在もしくは創造だから。
  1. 2022/01/11(火) 15:15:43|
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プロフィール

みけ@猫科ホールディングス

Author:みけ@猫科ホールディングス
アルクトゥルス系在地球人。
男女どちらにも属さないトランスジェンダーで、イタリアの美少年のような豹専務(♀)が同居人。
リンクはご随意に。連絡も不要です。
いただいたコメントはすべて拝読しておりますが、原則としてレスはつけません。

出版案内1

電子書籍をつくったり読んだりできるサイト「パブー」とアマゾン(キンドル)で『サウンド・オブ・ウインド』という本を出版しています。パブーの紹介ページ(下記URL)では、右上にある「みけ」という著者名を押すと、拙著の一覧を表示するページに飛びます。

https://puboo.jp/book/133117 ブログ用表紙             キンドル版はこちら

出版案内2

電子書籍サイトのパブーで2013年に刊行、17年に改訂した『Starry Souls』を新パブーのエディタで編集し直し、内容も改めました(大筋は旧版と同じです)。22年3月よりアマゾンのキンドルでも販売。

https://puboo.jp/book/76592 ブログ用Starry Souls表紙             キンドル版はこちら

出版案内3

2016年に紙の本として刊行した『トランジット』を、2022年9月にパブーで電子書籍にしました。内容は一部改稿しています。

https://puboo.jp/book/134118 トランジット表紙jpg変換             キンドル版はこちら

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