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ソロ・パブリッシュ

ドリーム。

「現実」の多次元性を確認する

2024.4.27(土)

近ごろ、謎に多用だったり、多忙になったりする。拍子やテンポが急変する音楽みたいに。
この豹変ぶりを、実体(物質)を装いながらじつは全部想定で成り立っている3次元世界に乗らず入り込まず、
多次元の「現実」を確認する練習に活用している。
というか、多次元の「現実」にコミットメントし、その確認の練習をしているからこそ訪れる変化が「謎」なのかもしれない。

心のなかにせよ、頭のなかにせよ、とにかく五感的感覚ではなくマインドで、
思考、感情、イメージ情景、既体験感を載せた「記憶」と呼ばれる場面などを使って構成された景色は、
5分前とか昨日とかに実際に起きたことだという確信があっても、
実際に起きたことにもとづく推測、推察であっても、
心(マインド)の「現実」、マインドスケープであって、触感や形や色、音、匂いや味などからなる五感的「現実」ではない。
五感の「現実」が心のなかで実際に起きたこととして再上映されるのは、
五感の向こうに実体(物質)を想定し、その実体を五感の「原因」に想定した場合だけ。.
それが3次元です。
はじまりは「五感の向こうに実体(物質)がある」という想定であり、マインドスケープであっても、
その実体がすべての原因とこれまた想定で決めているから、めっちゃ堅固で確実に思える。

心の「現実」と五感の「現実」は、
空間の位置関係や時間の前後関係を通じて水平に連続してつながっているわけではない。
心の「現実」と五感の「現実」は別の世界、別の次元。
私の場合、心の「現実」は5次元、五感の「現実」は4次元ということになっているのだけど、
どんな感覚が何次元という定義はどうでもよく、要するに別の世界だということ。
だって心の「現実」と五感の「現実」では、感覚の強さとか、濃さとか、実現の速度とか、「現実」の質感がちがうでしょ。
だから海と陸みたいに別の世界なのです。
で、3次元は想像、想定という心の世界の素材を使ってつくりだした4次元(五感世界)よりも固い実体(物)の世界。
ただ、まず物(実体)の世界で何かが起きて、それが身体器官でとらえられ、脳でどうなってこうなって感覚が生じ、
そうした感覚への反応として思考や感情が生まれる、という思い込みが強烈で、常識として定着しているので、
思い描いたとおり、物から心へという向きで出力されていると感じられ、
物(実体)にも、物から心へという流れにも、これが本当だ、本物だというリアリティがあります。
物(実体)が想定ではなく実体として実在しているという感じ、臨在感、臨場感がありありとしていて強い。

こんなにはっきり、しっかりしているんだから、これ(物)はあるに決まっているというリアリティにもとづいて、、
前回の結果はこうだったから今度はこうなるとか、物理環境条件を同じにしたらどうなるとか、
心の「現実」を五感の「現実」と結びつけて、心のなかでああだこうだと思案するわけですが、
思案の内容がどうであれ、またどのように思索を進めても、
そこで思いつけることは、実体(物質)の原理や法則に則った発想、着想から出ません。
最初に実体(物質)を想定し、実体(物質)の原理や法則の範囲内で答を探します、と枠づけしているからです。
思ってもみなかった意外な方法、こんなやりかたがあったのか、という手が見えてきたとか、
偶然やタイミングに助けられるとか、
隣人や通りすがりの人が協力してくれたとか、
何もしていないのにいつのまにか問題のあの件が消えてしまった、何だったんだ、とか、
どんなパターンにせよ、まさかの角度の神展開って、
心のなかの3次元枠内であれこれ考えまくるというのを止めないと出現してきません。

ゼロポイントフィールドとつながる、あるいはゼロポに還すにせよ、-30を+30にポジ転させるにせよ、
統合ワークの一環として手放すにせよ、
心のなかの3次元映像を閉じて、まったく関係ない映像に切り換えるにせよ。
お店で欲しい品物を探すとか、誰かにポジティブなアドバイスを求めるとか、
ちょっとした小さなテーマを使って、自分に合った方法で実験を重ねて、
超心、心、五感のそれぞれの世界の質感のちがい、別々感に慣れていけばいいと思います。

最初のうち、手放しとかポジ転とかがうまくいかなかったり、できたのかどうかいまいち確信がもてなくても、
「考えていること、浮かんでくる光景は全部想像、または妄想」と見切るだけでも選択肢が変わってきます。
想像、妄想と見切れるということは、その想像、妄想場面が五感世界とは別世界だと感覚的にわかったということだから。

適合感のある場面A → 適合感のある場面B →適合感のある場面C・・・
と、ポンポンポンと飛んでいくのって、
超心(高次)から心(マインド)へ、心(マインド)から五感への感覚の伝播、つまり引き寄せ効果で起きる非3次元の流れで、
それは物とか空間、時間がどうなってこうなって、という3次元世界の動きではないんですよ。

体験しないとなかなか納得できないかもしれないけど、
実際に3次元思索を止めてこういう飛びかたを体験してみると、「あ、こんなもん。そんな大げさなことじゃないな」
と、あっさり腑に落ちてしまいます。意外とふつうだった、みたいな。

そして、心(マインド)の世界は、実体(物)への対処や対策思考でゴチャゴチャさせず、
3次元で見たときの来し方行く末がどう見えようとも、
光度をキープし、風通しよくしておくことがコツです。
その明るさ、見晴らしのよさ、清々しさから直感の示唆や非3次元展開が開きます。
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  1. 2024/04/27(土) 15:25:30|
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心(マインド)をシンプルにする

2024年4月16日(火)

温感、触感、ぼやっと煙った色彩、甘み、香り、リキッド感、何度か繰り返される音型、エコー、モフモフ感、などなど、
五つには収まらないさまざまな五感的感覚は、別の場所へとつづいていってはおらず、別の感覚に変化することもない。
それらは、統覚意識、感じ手意識に感じられることによって創造されて完了する。
私が感じている感覚光景(周波数構成体)は、どこともつながっておらず、来し方も行く末もない。
それは一分前のつづきではないし、今夜をへて明日につづいていくわけでもない。
五感的感覚のこの空間的、時間的去来のない完結性を実感的、直観的に納得すると、
何をするにしてもしないしても悩んだり迷ったりしなくなる。
悩みや迷い、また期待や不安も、五感的感覚とは別の現実、別の次元だとはっきりわかるので。
いくつかの選択肢のイメージが浮かび、どこかで見聞きした教訓の断片や寓話の場面がよぎるかもしれない、けど、
「これはかつて起きた事実」と仕分けして「記憶」という名前をつけた情景集であれ、伝聞であれ、
これらは例の、自分がよく使っているお話だとすぐ気づき、
その物語の森に入り込んでいって参照比較して消耗しないので、悩まず迷わない。

私のメタフィジクスでは、五感的感覚は4次元、
思念、想像、感情、気分といった心(マインド)の感覚は5次元、
本来は5次元である心(マインド)の世界で、「五感的感覚の向こうには実体(物質)がある」と想定して、
その実体(物質)があらゆる現象の原因であると定義した世界が3次元。
なぜ実体を想定した世界が3次元なのかというと、ソリッド(固体的)で、実体固有の原理や法則で動き、
実体自身以外のもの、たとえば思念とか想像とかの影響は受けないと想定されているから。
要するにがっしり、しっかりしていて固いことになっているから。
対して、この3次元の想定をはずしたときに顕わになる五感的感覚世界は、液体的で柔らかく、
心(マインド)の世界である5次元や、5次元を超える超心の世界(高次)の感覚が伝播する(引き寄せが働く)。
つまり、3より柔らかいから4次元。
で、4よりさらに変わりやすい心(マインド)は5次元。エア(気体的)な世界。
そして、超心(高次)は瞬速の光の世界。
「次元」とは感触の異なるそれぞれの「現実」のこと、「感じ」をとらえる感性の階梯で、数学や物理とは関係ない。
その「次元」が上昇するとは、感覚(波動)が軽く、速く、変わりやすくなっていくことをいう。

私の宇宙に私が想定し構成した3次元世界つまり一般常識的には、
五感的感覚の向こうに存在していて、広がったり内部に閉じたり経過的に変化していく実体(物質)を「現実」と呼び、
これだけが本物の紛れもない「現実」ということになっているけど、
「五感の向こうに何か実体がある」というのがすでに想定で、
観測機器を使ったとしても、データを読むには感覚が必要で、感覚を介さずに確認することはできないので、
全然「現実」じゃありません。
というかこの想定した実体を「現実」と呼ぶのなら、想像とかイメージなど、仮想実体以外の心の産物も「現実」になる。
想像やイメージが所詮絵空事なら、想定した実体も同じく絵空事です。

光の世界もエアの世界もリキッドないしジェルの世界も感触の軽重や変わりやすさがちがうだけ、
それぞれ「現実」またはそれぞれ「夢」「まぼろし」「絵空事」で、
「現実」とした場合も「夢」「まぼろし」「絵空事」とした場合も多次元です。
それぞれ別の「現実」や「夢」なのだという多次元性が実感的に腑に落ちると、
3次元特有の実体(物質)に働きかけてどうにかしなくちゃ、という対処反応が止み、
全次元が吹き抜けになり、光からエアへ、エアからリキッドへの伝播(引き寄せ)が利くようになります。

とはいえ、五感の向こうには実体(物質)がある、これだけがガチ現実、たいへんだ、という思い込みはけっこう強烈です。
なんといっても実体はあらゆる現象の原因であり、3次元現実の全権を握っているやばいやつ(という想定)なので、
全力で見張ってないといけない。
さらに、いろんな危機一髪体験とか失敗体験を何度も何度もリピートしたという記憶をつくり、
きみもそうでしょ? ユーも? だよね、と、自分の宇宙にいる人間型周波数構成体(他者)と確認し合い、
いろいろ強化工作をしてるから。
この強さを、転生による経験の蓄積とか、ある時期に経験したことの影響がどうのこうの、と表現したりするんだけど、
本質は(感覚、周波数でとらえたときには)単にしつこい、それだけ。
3次元は5次元の一画に仕掛けた特殊なアトラクションコーナーで、もともとはエア質だから、
なんかしつこくなるような工夫をしないと臨場感が出ないんですね。

自分で仕掛けたこのしつこさ、くどさ、粘りに欺かれず、時空で幅がついて膨らんだお話に振り回されないためには、
心のなか(5次元)の3次元小部屋で展開している悩み、迷い、考えごとより感覚強度の強い活動に集中するとよいです。
それが運動とかダンスとか作業とか、3次元語でいうところの身体を使う活動です。
身体活動は感覚のインパクトが強く、どんなにもっともらしくても元来エアである3次元ネタを指向する隙がなくなるので。
3次元世界と距離をとって、3次元のフィクション性を見据えることが目的なら、
なんかクヨクヨのヴァイブレーションを感じたときに5分、3分といった短時間行うだけでもかまいません。
身体を動かす、とくに筋肉骨格系に働きかけること(五感でいうと触覚メイン)は、
手放しや瞑想に入る前の入り口といっていいかな。
クヨクヨ、グルグルに入り込む隙がなくなるから、動くことは心の浄化になるといわれています。ハタヨーガとかもそう。
手放しや瞑想などの心に働きかけるワークは非3次元シフトするうえでの本道ですが、
しかし、それだけだと3次元リアリティのしつこさをなかなか振り切れず、
生活の用事や仕事をしているうちに、たちまちいつもの実体(物質)妄想にフェイドインしてしまいます。
なので、エア(想)より強い感覚に振り向けるわけです。

五感、心、超心と、それぞれ質の異なる「現実」なのだという多次元性がわかってくると、
そもそもリキッドないしジェル次元で五感世界を開いていること、つまり存在していることが十分運動であり、
動く瞑想であることも、なぜか実感理解できてきます。

液体的といったって、気体に比べたら段差がくっきりしているし、重量感がありますからね。
そして、これは何々のワーク、実用的な活動、これは瞑想、という区別は表層的になり、意味が揮発していき、
統覚意識(自分という一人称意識)が感じて創造していることに溶け込んでいきます。
  1. 2024/04/16(火) 15:12:49|
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心のクンバカ(息止め)~「止め」の重要性

2024年3月18日(月)

昨秋から、瞑想はすべてゼロポイント瞑想という方法で行っている。
→記事 https://solopub.blog.fc2.com/blog-entry-1081.html
この方法では、瞑想の間、意識を頭上または床下にイメージした宇宙船に向けておく。
雑念を追ってしまったら宇宙船に戻る。宇宙船がHOMEという感じ。
HOMEは、人によっては神殿や寺院などでもよい。HOME感があれば何でも可。
ほかの瞑想法でも、丹田、チャクラとか、呼吸にに意識を向けたりすると思うが、
より積極的に、一途に、HOMEに集中するという感じがする。
これは、集中ポイントが身体イメージの外にあるせいかもしれない。

おそらくこのゼロポ瞑想の効用だと思うが、
セルフヴァース(感じ手意識=統覚意識を発振点とする万象を包摂する独我宇宙)からブレず、
超心(高次)、心(マインド)、五感の全域に渡り適合感のある感覚模様を感じかつ創造するには、
心(マインド)の向きをひとつ所に定めておくことがとても重要だとわかった。
そのひとつ所がすなわちHOMEなのである。

私の場合は宇宙船だのだけど、人によっては神殿であり寺院であり。
統合ワークをやっている人なら、自分とズレていない場所、
不適合感があれば反射神経で気づいて、3次元変換して不快感として感じる前に手放せる場所。
HOMEは超心(高次)の域につながり、アートマン(統覚意識、感じ手意識、ハイヤーセルフ)につながり、
ブラフマン(統覚意識の雛型、「私」という一人称の認識形式)につながり、さらにゼロポイントフィールドに突き抜ける。
HOMEは吹き抜けなのだ。

なので、しょっちゅう、頻繁に、このHOMEに関心を、注意を向け、
余裕があれば1分か2分、スマホやパソコンを起動したりする間などに、心(マインド)の向きをHOMEに定めていると、
高次から五感に至る全感覚(波動、周波数)が整います。
なぜならHOMEは吹き抜けだから。
心(マインド)の階にある、超心(高次)への扉、入り口といってもいいかな。
HOMEを通じて心(マインド)が整うと五感も整い、
心(高次)―伝播→心(マインド)―伝播→五感
と、より精細な感覚(波動)がより具体的な感覚(波動)に伝わり、
つまり超心の感覚が心の感覚を、心の感覚が五感的感覚を引き寄せ、
あれやこれや流れるようにスムーズに、ときにダンサブルに実現していくと。
このスムーズさ、ダンサブル感からハズれた感覚(不適合感)があればすぐ気がつくし。
たとえばHOME感を感じる場が宇宙船だったら、その外観とか内部のようすとかを頻繁に思い描く、イメージする。
ときに同じ宇宙船の別の部屋だったり、いくらかデザインがちがっていたりしてもかまいません。
要はHOMEと感じられるような親近感、くつろぎ感、勝手知ったる感があればいいのです。

波動(感覚)を整える方法はいくつもあるし、そのなかで自分に合う方法を使えばいい。
私が公開した「ゼロポイントフィールドとつながる(両掌や左右の指など、面と面をくっつけて“融けている”感を感じる)」
というやりかたもそのひとつ。
これは五感がゼロポに還っていく流れを触覚でとらえるやりかたで、簡単だし、慣れれば1秒もかからないし、
ゼロポとつながると統覚意識の雛型から五感まで全部整うのでとっても便利☆
ただ簡単すぎて、コミットメントが弱いとすぐ飽きてしまい、継続できない。
継続できないと結局3次元から出られない。
なので、HOMEのイメージに1~2分集中する方法をサブツールとして使うか、
もしくはHOMEのイメージに集中するのをメインにして、ゼロポとつながるのをサブにするとよいと思う。
効果はどちらも同じです。
筋トレに喩えると、ゼロポとつながるのは腹筋などを振動させるベルト、
HOMEに集中もしくは統合、瞑想その他のいろいろな流派の方法は自体重トレーニング、
グッズや器具、機器を使うのはマシントレーニングといえるかも。

ていうか。
心(マインド)の向きをひとつ所(HOME)に定めるって、
思いが惑い、散り、過去や未来や広がりや内部といった幅のついた想像界のなかを彷徨うのを止めるのに効くのよとても。
エイブラハムの表現だと「(3次元の)現実をフル無視する」のに役に立つのです。
3次元に入っている意識は感じ手意識(統覚意識)ではなく、一定の範囲や耐用年数がある物体(身体)になっていて、
そういう意識の特徴は、不安で揺れ動き彷徨いやすいということです。
3次元というのは、心のなか(マインド)で「感覚の向こうには何か実体(物質)がある」と想定し、
その実体(物質)の原理や法則が全現象を決定すると想定した世界です。
「自分」という一人称で開く意識ではなく、認識の対象が(実体化して)決定権をもっているので、
対象側(実体)の原理や法則を探り、その原理や法則に沿わなければならず、
情報収集をサボったり、対処が間に合わないと、不足とか劣化といった形で難儀に陥り、それがやがて生存の危機につながります。
しかも実体(物質)の法則は解明され尽くしているわけではなく、むしろわかっていない部分のほうが多いし、
研究室の外に出るといろんな要因が絡んで経緯、展開が複雑になるので、予測がむずかしい。
専門家の見解もバラバラだったり。
さらに、実体(物質)の法則による事象の変転はただの変化ではなく、必ず衰滅に向かうという解釈になっています。
なので3次元化した心(マインド)は、とても惑いやすく揺れ動きやすく彷徨いやすいのでした。
複数の情報に食いちがいがあれば、正解(実体の法則にもとづく正しい情報)を求めて悩むし、
思考のちがいを装った感情的なジャッジも起きるし。
スピ情報に対しても、当たりだハズレだ、信用できるできない、なんとかの書にはこう書いてある書いてない、
といった惑いやジャッジが発動します。これも人によって言ってることがちがうし。
ていうか、いろんな思いが湧いて揺れ惑っていたら「3次元に入っている」お知らせランプですね。
だからそしたら心(マインド)をHOMEに向けて、しばらくそこに集中する。
と、ゴチャっとした不適合な周波数(感覚)は抜けていきます。
ちなみに非3次元だと、自分の宇宙(セルフヴァース)の最適解はあるけど汎用の正解はありません。

なお、かのジーザス氏の言行録には、本記事と似たような記載があります。
マタイによるチャネリングまとめ6章25~34、ルカによるチャネリングまとめ12章22~34「生活の心配をするな」です。
ヒッピーの方たちに愛されたくだりですね。
「何を食べようかと命の心配をしたり、何を着ようとか身体の心配をしたりするな。
(中略)あなたたちはむしろ御国を求めよ。そうすればそうしたもの(食べ物や着るものなど)は付け足して与えられる」
みくに? なんすかそれ?って、ジーザス氏推しの人じゃないと刺さらない気がするんだけど、
リアルタイム時空で公開チャネリを聴いていた人たちにはHOME感を喚起するワードだっただろうし、
宗教化したあとでも、信徒の方たちには何らかのよいイメージにつながるのだと思います。
宇宙船。
実際には行ったことがないパワースポット。
光の磁場。
御国。
みたいに、HOME観は具体的に詰められない想像図でかまいません。
直感的に描ける以上に詳細にしようとすると絵が重たくなっていくし、
「御国では先生の次に偉いのは誰だろう?」みたいな脳内マウント取りが起きたりして3次元返りします。
重要なのは、心のコンパス(磁石盤)をそっちに向けることで波動(感覚)が上がって整うことです。
あと、想像というのは心(マインド)の領域の「現実」です。

心(マインド)の向きをひとつ所に定めるって、意図的な引き寄せのコツ中のコツでもあるんですが、
意図的な引き寄せがムズいのは、
本を読んだりネットのコンテンツを見たりして半日から一日くらいは変性意識でいられても、
意識の既定設定が3次元のままだと、いろんな用事をしているうちに慣れ親しんだ3次元意識に落ち着いてしまい、
引き寄せたい対象の想像図(心の現実図)がどんどん下方変形していくからです。
「オーダーしたら忘れてしまえ」というのは、この下方変形、下方修正を止める方法のひとつで、
具体的なイメージ絵図は3次元意識の突っ込み、ジャッジを受けやすいのでした。
五感の現実図という最終的な実現形態を決めるのは心(マインド)の領域なので、
心(マインド)の領域で3次元の盛者必衰トリックに囚われないこと、
当初の想像図の光度を保つことがカギになります。
心のクンバカみたいなものかな(クンバカはヨーガの息止めワーク)。
非3次元シフトしてしまうと、意図しなくてもふさわしい現象が引き寄せられてくるし、
意図が必要なときはオーダー推奨のメッセージとかサインが入るから、
非3次元シフトが遠回りのようで最速です。
欲しいと感じるものはじつはすでに与えられており、
どう表現するか(資源をふんだんに使うのかシンプルさを追究するか、テンポは、デザインはどうするか、などなど)が
創造の醍醐味なんだ、と実感的にわかるし、
とにかくノイズがないので見通しが利き風通しもよく、すっきり快適です。
  1. 2024/03/18(月) 14:30:39|
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ゼロポイント瞑想(熟練者向け)

2023年11月30日(木)

今秋から透明な光をイメージする瞑想というのをやっていて、臨床試験が終わった感があるのでシェアします。
私の場合、日に一、二回は瞑想することにしているので、そこに新しいやりかたを組み入れて実験してきました。
通称「ゼロポイント瞑想」といいます。
やりかたは下記①~⑧のとおり。記事の最後に簡単な概念図を記しました。

宇宙を整える、てっぺんから地面まで全感覚現象を最適化するのであれば、
ゼロポイントフィールドとつながるか、統合ワークだけでOKです。
ただ私は瞑想が習慣になっているので、
以前からゼロポワークと瞑想を合体させる実験をガイドスピリッツとともにあれこれやっていて、
先日それがまとまったのでシェアすることにしたのでした。
したがってこれは、定期的に瞑想していて、独りで瞑想の全プロセスをコントロールできる人向けです。
それと、自分に合った方法、量の運動を心がけ、ある程度、五感(身体)のめぐりがよくなっていることが前提。
フォーカスポイントをクラウンチャクラよりも上に固定し、
イメージのなかで地球の重力設定もはずしてしまうので、
とくにグラウンディングがきちんとできることが必須条件です。

魔境に入りやすいとか、幽体離脱しやすい方にはお勧めしません。
自分の瞑想方法が確立している方にも、何かヒントになる部分があればさいわいです。アレンジも可。

21世紀になって公開されるメソッドやツールは副作用がないか少ない、
つまり効かなかったとしても「なんも変化なかったさ」ですむものが多く、これもそうだと思うのですが、
私の実感では垂直飛距離がけっこう大きいので、
最初は何段階かに分けてひとつずつ実践するとか、短時間でやめておくとかして、
少しずつ慣らしていくのがいいと思います。

<方法>
①天井くらいの高さに適当な大きさの太陽をイメージする。太陽系の太陽でなくてもよい。
 出身恒星がわかっていればそれでもいいし、セントラルサンでもいい。名称不明でもとにかくイメージできればよい。

②天井と頭頂の間くらいの高さにテニスボール大くらいの宇宙船をイメージする。形や色はどのようなものでもよい。
※好みにより、宇宙船の代わりに神殿、寺社の本殿などをイメージしてもよい。

③床下の①と等距離くらいの深さの位置に、①と同じ太陽をイメージする。

④同じく床下の②と等距離くらいの深さの位置に、②と同じ宇宙船(または神殿など)をイメージする。

⑤天井の太陽から床下の太陽まで身体を突き抜けてまっすぐ光を通し、
 同じく床下の太陽から天井の太陽までまっすぐ光を通す。

⑥頭蓋全体(首から上)→首→肩→肩甲骨→腕→手、手の指が透明になっていくのをイメージする。
 たとえば柔らかい水晶のようなイメージ(この透明性のイメージは各自好きなように)。
 次に体幹の前面→背面→腰→足→足指が透明になっていくのをイメージする。

⑦全身透明のイメージを保ったまま瞑想する。意識は②の宇宙船にフォーカスすること。

⑧瞑想を終えるときにもう一度、上下に光を通して(⑤と同じ)終了する。
※ふだんの瞑想でグラウンディングなどの終了手順がある人は、⑧のあとにそれを行ってください。

<効能>
・実体(物)を想定し、実体(物)の存在感がリアルな世界すなわち3次元から、
実体(物)を想定せず、感覚現象だけの感覚(波動、周波数)世界へのシフトを促す。
それにより高次(超心)→マインド(心)→五感に感覚(波動)が伝播し、全感覚現象が最適化する。整う。
・五感光景から物の実在感が抜ける。
・いくつかの思念が複合化したり、増幅したりして強度が上がる前のマインド周波数がわかるようになり、
顕在意識と潜在意識が統合される(「潜在」する意識領域がなくなる)。
・高次の感覚のリアリティが増す。

<応用>
・不適合感覚(不快な感覚、記憶、イメージ、感情など)を手放すさい、その感覚対象に透明な膜を被せ、
透明な光あるいは透明な空間のなかに溶かして送り出す(不適合感覚はゼロポに還ってリサイクルされる)。
・心身のヒーリング、環境の浄化に使える。
ヒーリング、浄化したい箇所を透明にする。必要に応じて青や緑のレイ(光)、レイキ、氣などを充填する。

最初は太陽と宇宙船は設定せず、⑥の透明化のプロセスだけ、あるいはいきなり全身ではなく首、肩、肩甲骨だけとか、
上方向の太陽と宇宙船だけを設定して瞑想してみるのもありと思います。
私も部分的透明人間化からはじめました。クリスタルスカルになってみたり。
首、肩、肩甲骨を透明化すると、意外なほどの解放感、爽快感があり、
ふだん首、肩、肩甲骨のへんが滞りがちな意識の使いかたをしていることがわかりました。 

透明な光、透明な膜など、透明さというのはゼロポイントフィールド、あるいはそれが動態化したゼロポイントエネルギーの象徴です。
以前、私はゼロポエネルギーを銀色の光としてとらえていましたが、なんかすぐ色が抜けたんですね。
透明なヒカリ!? なんだそれ膜ならともかくヒカリだったら透明じゃないし、と突っ込みたくなりますが、
可視光線じゃない光線(エックス線とか)みたいなものと思えばいいでしょう。
光だの磁場だの、そのへん雰囲気だよね。いわく言いがたいやつをムリくりに言語化してるわけだから、
擬似科学っぽい言い回しになるのはしかたないかな。「エーテル」なんていう19世紀語が残っていたり。
非3次元にも3次元にも、何次元だろうと、ゼロポイントエネルギーはどこにも浸透しており、
またどこでもゼロポイントフィールドなのです。透明であるとはそういうこと。
空即是色、色即是空ですからね。
ただ意識が3次元に没入している間はそういうのはないことになっている、見ないようにしているだけ。
ないことにしておかないと、それ固有の法則をもっている実体(物)という想定が崩れてしまうからです。

今から思えば、私は2014年か15年くらいに、
シリウスのソファイアという宇宙存在から、この瞑想法の原型となる方法を教わっていました。
でもそのときは何がなんだかまったくわかってなかったので、「なんも変化なかったさ」で自然消滅してしまいました。
その後、ゼロポイントフィールドのことがわかって、自分のメタフィジクス(宇宙のしくみ。構造と力学)ができあがって
いったので、このたびリニューアル再伝授となった次第です。

人の数だけメソッドがあるといってもいいくらい、デムパ界隈にはいろんな流派のいろんな技法があって、
十把一からげにしてアストラルソフトオフに出したいくらいかもしれませんが、
自分に合うのでなければブランドや師弟関係その他のしがらみにとらわれずフルスルーしていいと思います。
ここでシェアしたコンテンツも、ざっと斜読して刺さる要素がなければなかったことにしていただいてかまいません。
どんな技法にせよ、その核は、思考を観察するとか、特定のイメージを描くといった心の操作です。
何らかの思考感覚、観念感覚を手放すというのも引き算のイメージワークです。
自分回帰が進んでくると(うしろ向きに進むというか戻るというか)、
心のなかで何をしているか、していないかということが宇宙の構成要素として非常に重要だと実感でわかってくるので、
心のなかのようすをマインドの現実として「現実的に」とらえるようになります。
ただの想像や妄想だから現実には影響しない、関係ないや、ではなく、
精神の世界と物質の世界は別もので、それぞれの法則にしたがうダブルスタンダード、
たとえば家ではスピリチュアルで外ではビジネス、というのでもなくなります。
超心(高次)は心に、心は五感に伝播するということがリアルになってくる。
自分に合う技法を使い込んでいくとその妙味がわかってくると思います。

【ゼロポイント瞑想の概念図】
ゼロポイント瞑想(図)
  1. 2023/11/30(木) 14:10:03|
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「波動」の実感&逆グラウンディングでグラウンディング

2023年11月8日(水)

ゴミを捨てに外に出て、ゴミを置いて帰ろうとした、そのとき、
自分の身体も含めて周りの景色の感触が、たぶん秒以下の速さでくるくる変わるのに気づいた。
テンション、心持ちも、くるくる変わる。
左足を踏み出したときはちょっと明るく乾いていて、
右前方を見上げたときは少し翳って柔らかい、というような。
左足を踏み出したときと、右前方を見上げたときとでは、その景色の感触がまるごとちがう。
周囲の景色が固定していて身体が動いているのではなく、
左足を踏み出したときの場面と、右前方を見上げたときの場面とでは、心持ちも含めて環境ごとまるごと別世界なのだ。
周波数成分がちがっている。
そうやって渡っていく世界のひとつひとつに穴を開けて糸を通し、数珠のように繋いだとすると、
その糸が数珠世界の感じ手意識すなわち「私」である。
船から下りたばかりのときは、地面がまだゆらゆら揺れている感じがするけど、
このときの体験は、実感的には下船直後のゆらゆらに似ている。
あのゆらゆらが、言語化未満のテンションや心持ちも含めて起きているような。
ちなみに全然関係ないけど、ある用事で国内のある離島に出かけたことがあって、
あのときは船のゆらゆらより帰りのプロペラ機のゆらゆらのほうが怖かった。

ドアを開けて、階段を下りて、道路に出て、ゴミを置き、といった動線は、
一般的に、途切れることなく連続していると考えられている。
空間は玄関から階段へ、道路へと延びていて、数秒数分の単位ではふつうは大きな変化はない、
そこをゴミを手にした人間が移動していき、その人間の目には移動にともなって景色が変わっていくように映る、
時間は8時5分15秒から16、17、18・・・8時6分0秒、1秒と過ぎていくが、
8時6分のときの人間、建物、道路は、1分前の8時6分のときの人間、建物、道路と同じである、というように。
1分前の世界も1分後の世界も、どこを探したって見つからないし、
いったん時空の連続を前提にすると、現在だって固まった直近の過去あるいは現在完了となり、現在ではなくなる。
五感の向こうに実体(物)があると想定した3次元の「ありのまま」とは、
常に直近過去または現在完了で、固まっていて、取り返しがつかない、そういう世界である。
この凝固した「ありのまま」は本当はまだありのままではなく、物だとか連続した時空だとかの観念が、
習慣的な(無自覚な)見かたとして被さっている。
過去や未来を削ぎ落としたありのままが直近過去世界、とはいえ物や物の連続的な広がり、変化という観念に支えられているので、
凍りついた直近過去世界を溶かすには、その物とか連続時空とかの観念をも削ぐ必要がある。
でも一般的にはその「準ありのまま」にだって気づいておらず、
直近過去に前後の記憶という想念をくっつけて、これをざっくりと「現在」とし、
過去、ざっくり現在、未来と変化していくハコ(空間)を鉄板の現実だと決めている。
ざっくり現在に紛れ込んでいる直近過去場面以外は全部頭のなかの想定なのに。
さらに、このハコには、いくらかはリアリティのある記憶に加えて、知識、情報、物語などが詰め込まれていて、
人の思いでパンパンに膨らんでいる。
なお記憶とは、既知感や再来感といった思考が載ったイメージ情景のことをいう。

そういう思考の産物を、一般的には動かしがたいカッチリとした現実だということにして、
カッチリを前提に予定を組んだり作業を進めたりしているのだから、ヘンといえばヘン。
物が徐々に広がり変化していくという見方の現実が観念構成体だということは、
そっちじゃない見方の現実を何度か体験してみると、リアリティのある実感になる。
部屋のなかにいると建物全体の外観が見られないというのに似て、
観念構成体にもとづく現実に没入していると、それが思考の産物だと気づかない。
その観念構成体ではない、思考の産物ではない現実というのが、冒頭に書いたゆらゆらとした周波数構成体。
くるくると変わる(思いや気分なども含めた)感覚を、なぜ波動とか周波数と呼ぶのかというと、
物とその推移という観念構成体から解かれた(思いや気分なども含めた)感覚は伝播するからです。
観念構成体のなかでは伝播しない(物はそれ自身の法則によって動き、心の影響を受けない)ことが前提になっているのだけど、
物が観念に還って(物が観念だと気づいて)観念構成体の絶対性が崩れると、その前提も崩れるので。
たとえば閃きや直感(高次)はイメージ(マインド)に、イメージは五感に、と、より具体化する形で伝わります。
要は引き寄せが利くということ。
「緑」とか「四角」とか、「“回転”“つながる”という考え」とか、「怒り」とか「モヤっとした気分」など、
五感にしても思いにしても、あらゆる感覚は、言葉というラベルをはずすと何らかの作用をするエネルギーみたいな「感じ」に
すぎないので、波動とか周波数という価値判断を込めない物理用語を充てるのは適切といえるかもしれません。

観念構成体の世界すなわち3次元から、周波数構成体すなわち非3次元に切り換わるのは、
今年10月17日の記事に書いた「反転」によってです。
何が反転するのかというと、統覚意識(「私」という感じ手意識)の関心の向き。
意識の関心が認識対象に向いていると、その感覚の激しさに対する「これは何か別宇宙なんじゃないか」
という違和感から「別宇宙=それ自身の法則をもつ実体(物)」が想定され、物の世界すなわち3次元に入る。
統覚意識(「私」という感じ手意識)も身体という観念に重ねられて「物」の一部になる。
一方、意識の関心が意識自身に向いていると、別宇宙感はないので、
高次、マインド、五感、それぞれの感覚が適切に感じられて感覚模様(周波数構成体)の世界になる。
ざっくり3次元語で表すと、関心が内側に向いているときは世界は周波数構成体(非3次元)として、
外側に向いているときは観念構成体(3次元)として現れるということです。
内側というのは、まず別宇宙として外側(物)が想像されてから、外側(物)ではない側として成立するので、
はじめに外側ができていないと出てこない3次元の概念なんですけどね。
さらに、3次元に定着するうちに内側は外側(物)由来の生理反応(主観)とされていくので、
本来の創造力(引き寄せ力)を失います。

3次元から非3次元への移行期には、この反転を何度か繰り返して3次元から離陸していく。
意識の関心の向きが、内側を向いたり外側を向いたりしながら、
最終的には内側に振り切って、内外の区別のない感覚模様(周波数構成体)になる。
なぜ一発で決まらずにコロンコロンと反転を繰り返すのかというと、
訓練によって外に関心を向けるのが習慣になっているから。
訓練という時間の堆積で説明しない非3次元の表現をとると、
外側への関心の強さ、粘度、執着が強いということ。
速攻、反射的に外界を探るような心がまえができているという。
意識の関心の向きが内側を指していると、
引き寄せがうまくいったり、シンクロニシティが頻発したり、不思議な現象が起きたりします。
それが安定しないのは、慣れているほうに向かおうとするこのコロンコロン、3次元と非3次元の往復があるためです。

最後に、この往復プロセスを短縮し、セルフアセンションを爆速化する方法をご紹介します。
メソッドじゃなく、スピリチュアルハックみたいな小ワザ。
とはいえ、それなりに荒技なので、試すのなら自己責任でお願いしますね。
それは、ガチやばピンチのとき、敢えてすぐ対処せず、
ゼロポンイントフィールドとつながるとか、統合ワークとか、光の磁場を広げるとか正八面体のなかに入るとか、
それぞれのやりかたで、内側へ退却してしまうことです。

アンガーマネジメントで、怒りが湧いたら6秒待つというのがありますが、そんな要領で。
あるいは、問いを投げられたら道端でもどこでも坐禅を組むアニメの一休さんのように。
私は、今年の10月は理不尽に思えるくらい忙しかったので、
自分が足を組んで瞑想するイメージ(正面図)のアイコンを想像でつくって、
バタバタしだしたときにこのアイコンを呼び出して即「ただいま瞑想中」モードに入ってました。
次から次へと雲霞のごとく湧いてくる用事(じつは頭のなかで湧いているのですが)をいったん全部手放して、
くつろげる部屋に引き下がるようなイメージ。
そうすると、頭のなかでつくった物世界が解(ほど)けて、
ゼロポ→統覚視点→高次→マインド→五感→ゼロポ、と軸の通った波動世界になるので、
感覚(波動)がすべてあるべきところに収まる自動整理作用が働いて、
「ボールが止まって見える」的に難なく落ち着いてかたづけていくことができます。
やらなくていいこと、余計なパフォーマンス消えていくし。
ガイドスピリッツや天使の指示も格段に聴き取りやすくなります。
これができるようになると、何かというとすぐ「外側」に飛び出していく癖が治まり、
波動世界を操縦していくコツが感性的、運動神経的につかめてきます。

マルチタスクの真っ最中とか、やらかして心が折れた、詰んだとか、
やばければやばいほど効果も高く、波動爆アゲのチャンスなのですが、けっこう勇気がいるので、
最初は3次元に呑まれて撃沈してもどうにかリカバリできる小さなことで試してみるといいかもですね。
いわば逆グラウンディングみたいなことだけど、逆グラがグラウンディングになるというふしぎ。
  1. 2023/11/08(水) 13:53:12|
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