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ソロ・パブリッシュ

ドリーム。

百一匹目のサルの話

2024.2.6(火)

2010年代の前期、オカルト界隈で「アセンション」が話題になったことがあった。
アセンションは「上昇(なぜか可算名詞。腑に落ちん)」という意味だけど、
アセンションをAscensionと最初のAを大文字で書いた場合、キリストの昇天のことらしいので、
もともとはキリスト教用語からとられたニューエイジ語が輸入されたのでせう。
オカルト変異したアセンションとは集団での次元上昇のことで、
次元上昇とは、感覚の向こうに実体(物質)を想定した3次元から、実体(物質)を想定しない非3次元に移ることである。
「3次元の自然体」「脱力あるいは中道」という記事で書いた、
超心(高次)―伝播→心(マインド)―伝播→五感
と、より精細な感覚(波動)がより具体的な感覚(波動)に伝わり、
つまり超心の感覚が心の感覚を、心の感覚が五感的感覚を引き寄せ、
あれやこれや流れるようにスムーズに、ときにダンサブルに実現していく、

という世界に、万単位か億単位の人々が移ると。
ざっくりいえば集団覚醒、集団悟りといっていいのかな。
しかし私の宇宙では、そういうことはありません、非3次元へは個々人でシフトすることになります、と早々に告知され、
セルフアセンションということになった。セルフサービスやセルフレジのように、アセンションも自分でオペしてね、と。

個人の覚醒、悟りだったら紀元前の大昔時空からあったのだから、方式としては原点に戻ったといえる。
ただ大昔時空とちがうのは、実体(物質)ベースの3次元にも情報がどっさりあって、アクセスしやすく、
オカルトに浸り込んでいたって思想警察に捕まるわけじゃなし、
それで村八分になったとしても即食い詰めるわけではないということである。
仕事の都合上、村八分は困るのなら、黙ってソロ活していればいいわけで。
あと、神道仏教キリスト教ギリシャ哲学ウパニシャッド現代物理学等々の気に入ったところだけを選んで編集しても、
学術論文とかにするのでなければ誰からも突っ込まれない。
つまり環境がユルい。
出家して修行集団に入門したり、師匠に弟子入りしたり、山に籠もったりとか、しなくていい。
ユルくなったのは、身分制度とか性差とか人種差、民族差とかの洗脳が百%ではないにせよ相当程度解けたからで、
頭のなかに構築され張り巡らされた既定の世俗秩序を解体する手間がいらなくなったからです。
これに関してはプレアデス周波数の貢献が大きいです。ありがとう、昴よ。
とにかく在家でよく、ネットや図書館を上手に使って独習できればセミナーやスクールに行く必要もない。
だから、「3次元の自然体」「脱力あるいは中道」で書いたように、3次元から非3次元にシフトするには、
最初は「現在地」である3次元のやりかた(努力、根気、工夫)を使わないといけないんだけど、
それにしたって努力しやすい、継続しやすい、工夫しやすい環境になっているのですよ。

だがしかし、私の頭の隅には一抹の疑問があり。
オカルト界隈には、百匹目のサルがどうしたこうしたという都市伝説があったはず。
どこぞのサル集団で、若い女子ザルグループが芋を洗って食べるということをはじめたところ、これが流行り、
芋を洗って食べるサルが百匹に達したら、地理的に離れた別のサル集団のなかにも芋を洗って食べるサルが現れた、
というような話だったと思う。
そんな事例はない、創作だという反論もあったと思うが、このさい動物学的な真偽は置いといて、
この「お話」の要旨は、新たな行動や文化は実践者が一定数に達すると連続空間的にではなく飛び火するように伝播し、
普及するということである。
で、発祥地では学習や練習が必要だが、伝播先ではそうした学習や練習なしでいきなり実践しはじめる。
百匹目のサルの話が事実であれネタであれ、
オカルト界では、たとえばヒーリングなどのスキルは、習得者数が増えると、形態形成場という場ができて、
あとにつづく学習者は先行者より楽に習得できるといわれているのである。
だとすると、現在地が3次元でありながら、ときどきスピ本を読んだりネットで情報閲覧したり、
かっこいい隕石なんかを部屋に飾ったりはしているけれど、
運動だの瞑想だのエクササイズ的なことは一切しない人が、
形態形成場の磁力で非3次元シフトつまりセルフアセンションする、努力せずに努力のいらない世界に飛ぶ、
ということがあってもいいのではないか。
などということを考えていたら、私のガイドチームのひとりであるソファイア@シリウスから声がかかった。

ソファイア もしもし、それはないよ。
みけ え、ないの?(残念)
ソファイア まったくないとは言い切れないけど、心身が整いやすい環境にいる場合なんかの稀な現象で、
百匹目のサルみたいなことにはならないよ。セルフアセンションに関してはね。
ちなみに心身が整いやすい環境とは、自然豊かな土地とか、そういうことではないよ。その人に適合した環境ね。
みけ 形態形成場って、ある場面から別の場面にジャンプする、アップグレードあるいはダウングレードする、
といったクォンタムジャンプ(量子跳躍。連続的にではなく突然変化すること)を3次元視点で説明する概念だよね?
たとえば私が、練習の結果、空中浮揚ができるようになったとして、そしたらあの人もこの人も浮けるようになった、
とすると、自分を含めて誰も浮揚できない世界から、大勢の人が浮揚できる世界に移ったってことでしょ。
これが自分という統覚意識中心の非3次元の見かたなんだけど、それを3次元で説明すると、
物質ベースで個々に分かれた人の一定数が空中浮揚できるようになり、その結果、形態形成場ができて、
さらに大勢の人が浮揚できるようになった、ということになる。
ソファイア そう。だから、3次元世界で形態形成場ができて変化が起きやすくなるには、
物質ベースで個々に分かれた人の数が臨界値に達している必要がある。
ただし、この臨界値ってのは正確に何人ということではなくて、ある程度のまとまりができている必要があるってこと。
みけ なんか、144,000人とかって聞いたことがあるような気がする。
たぶん、聖書とかから取った象徴的な数だと思うけど。
仮に地球の人口を80億人とすると、人口の0.0018%で、約55,555人にひとりっていう計算になるのかな。
だいたい55,000人にひとりがセルフアセンションしてれば形態形成場ができて、
あとの99.9982%の人は何もしなくていいことになる。
どうなんだろう、0.0018%って言うとかなり少数だけど、55,000人にひとりだとけっこういるような気がする、微妙な数値。
ソファイア あくまで「こんな感じ」っていう象徴的な数字だから、それ。
数字よりもむしろまとまり具合が大事なのね。
5万人にひとりがセルフアセンションつまり非3次元シフトしたとしても、
残り79億9,985万6,000人が非3次元シフトに無関心だったり、志向がバラバラだったりして、まとまりに欠けると、
形態形成場はできない。統一されている必要はないけど、潮流とか、傾向とか、ある程度はそろっている必要がある。
結局、そのまとまりができないとわかったから集合アセンションは中止になったんだし、
千人とか数百人単位の集団アセンションでもむずかしい。
みけ そこがサルとちがうところだよね。サルは動物のなかでは周波数に個体性があるほうだけど、
人間みたいに何千という言語や文化圏に分かれるといったバラつきはない。
心(マインド層)に浮かぶイメージ、想像を共有する、あるいは似通ったイメージ、想像をするだけのまとまりがあるから、
形態形成場ができやすい。
人間には、家族や友人グループであっても別星人のように周波数がちがうってことがふつうにある。
何をもって「人類」なのかといえば、実体(物質)を想定したうえでの実体(物質)でできた人体の構造とメカニズムだよね。
実体(物質)を想定したときに実体(物質)ベースの「人類」という共通仕様が設定できるんだけど、
その「人類」の周波数つまり思考や感情も含めた感覚、感じかたはバラバラだから、「人類」に惑星民意識はない。
集合意識という説があるけど、あれは部族の物語とかオラが村の伝説の発展形で、文化圏による差が大きくて、
まとまりがないから「集合」意識とはいえないと思う。
ソファイア 各文化圏に共通する要素があるとすれば、リーダーとフォロワーからなる集団を形成して結束し、
周波数(感じかた)の異なる他の集団からの侵略に備える、あるいは先に相手を潰していくっていう生存戦略かな。
これは実体(物質)からの侵襲に対処しなければならない3次元世界にいるときの非常時マインドであって、
3次元を体験している個々の意識に固有の特性ではない。
バシャールでもアシュタールでもブッダでもキリストでも、もちろん私だって、3次元世界に入ればそうなるよ。
みけ 3次元って非常時体制が常態なんだよね。
リーダーとフォロワーからなる集団はサヴァイヴァル戦略であって各成員の周波数(感じかた、考え)はまちまちだし、
メンバー自体がお互い「得体の知れない実体(物質)」だから、内部分裂とか特定成員の排除とかが起きやすい。
ソファイア 唯一、周波数(感じかた)がまとまる求心力をもつ思考は自然科学。
3次元世界の21世紀時空で実体(物質)ベースで個体に分かれた「人類」に圧倒的に支持されているから。
ただし、自然科学を核にすると、まとまりはできても非3次元にシフトすることがむずかしくなる。
サイエンスは正解を志向するけど、非3次元の「適合感」は正解とはちがうからね。
ある角度(人)にとって不快で不健康な感覚が、別の角度(人)からすると快適で健康的だったりすることもある。
みけ サイエンスを核したまとまりをつくってアセンションまでもっていくにはふたつの条件をクリアする必要があると思う。
①サイエンスは答をひとつに絞っていくアートなんだというとらえかたができること。
②サイエンスの手つづきで出した解答以外の答に対して、またその答に適合感を感じて採用する人に対して寛容であること。
サイエンス派に加わらない人に強制したり、改宗を迫ったりしないこと。

ゼータ星人は、いちばん下の次元つまり最も具体的な感覚(五感的感覚)の周波数域が4次元から5次元に上がるとき、
①はクリアしたけど、②でバグってゴタついた。
というのは、まとまりができていく過程で、フィーリングとかセンスとか、ロジカルじゃない感覚(周波数)を剪定しちゃったから、
ゼータ星人同士の内輪ではそれで全然OKだったんだけど、
ゼータ的には非正解な適合感をもつ角度(人)がすごく理解しづらくなった。
アシンメトリーがかっこいいとか、不協和音だけどめっちゃ刺さるとか、そういうの彼ら的にはありえなかった。
それと、本音と建前が乖離する地球人のマインドが理解できないから、アブダクションとかの事故が起きた。
ゼータ星人は感情を余計なものとしてカットしちゃったって、よくいわれてるけど、それは単純に喜怒哀楽みたいなことじゃなく、
ロジカルじゃない感性を不活性にしたんだよ。
そういうフェーズをへて、彼らは自分たちと異なる適合感をスルーできるようになった。
ゼータ星人は相変わらずスクエアだけど、異なる感覚(周波数)に寛容になった。
ソファイア ちなみにチャネリングなんかで、宇宙系存在が「私たちもかつて身体をもっていた」という表現をするとき、
それは4次元のリキッドな柔らかい五感世界のことをいう。
粘度の高い五感世界を知っているアンドロメダンの場合でも、地球よりは柔らかい。地球比だと3.7次元くらい。
みけ 地球のガチのソリッド世界はほんとにすごい。ヨーロッパの中世とか皇帝がいた時代の中国とか、お伽話みたい。
私みたいなヘナチョコ星人は昭和の前期でもむり。
地球社会になじむには過去世記憶を載せてワンダラー(地球で何度か転生したことがある宇宙人)として入るのがよく、
また安全なんだけど、私みたいな虚弱系はそれやるとマインド壊れるからできないんだよね。
だから3次元には浅漬けにして安全圏から出られないようにして泳がすしかない。
指導教官(と私が呼んでいる人)に、「ユーはむかしなら座敷牢に入れられてたw」って言われたことある。
やっぱりセルフアセンションがいちばん近道っていう結論になりそうだね。
ソファイア そういうこと。移行を楽しんでください。
ていうかさ、百一匹目からあとのサルでいたい人は、そもそも地球に来ないって。スターシードであろうとなかろうと。
むしろ形態形成場ができちゃったら興味なくなるんじゃない(笑)。
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  1. 2024/02/06(火) 13:56:29|
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地球民がハマっているプレイ

2023年12月29日(金)

はじめて地球人とコンタクトする地球外または地底のコンタクティーが地球人同士の交流を観察すると、
対人場面での地球人の思考、感情といった波動(言語化されない思考、感情も含めた思考感覚、感情感覚)は
次のように読めるでしょう。

<ベースの情動>
 恐怖
<ベースの情動にもとづく反応情動>
 警戒
<情動から起きる反射行動>
 逃走または攻撃。どちらも不可能な場合は服従し、逃走または攻撃の機会を待つ
<情動から起きる通常の行動>
 いつでも逃走または攻撃できるよう備える、現在のリスク状況とリスクの将来推移に関する情報を収集する
<例外的に警戒が解かれた場合の行動様式>
 ・自分より対象が優位とみた場合―崇拝、服従、依存
 ・対象より自分のほうが優位とみた場合―支配、操作、統治
<セルフイメージ>
 被害者(こじれて「加害者」になっているケースもあり)

これは対宇宙人ないし地底人ではなく、地球人同士で接触、会話、交渉しているときの波動(思考や感情も含めた感覚)模様です。
宇宙人ないし地底人がコンタクトを試みた場合も、この習性は変わらず、同じパタンで臨んでくると思われる。
と、当然、やばいぞ、となりますわね。
のほほんほんと接触を試みると、みんな逃げてしまって誰にも会えないか、迎撃されて終わりだと。
迎撃といったって、地球民のひとり相撲に終わって、こちらは傷つかないんだが、ともかくコンタクトには失敗してしまう。

対人または対集団関係で利害がぶつかった場合、この惑星民の最終解決手段は暴力ですが、
暴力を野放しにすると規模が広がったり相互暴力(復讐)がエンドレスになるので、
暴力行使を前提としながらも、極力それは使わないように、自他の戦力を計量して相手と交渉し、互いに守るルールを決めています。
それでも、現況が平和で平穏無事であっても、法律や条約の背後には無制限の暴力が控えているのですから、
いざというとき被害を最小に食い止め、潰される前に逃げられるように備えておかなければなりません。
そういうおっかない周波数(感覚)が支配しているのは、地球民が愚かで遅れているからではなく、
ベースとなる情動が「恐怖」だからです。
なぜ基本「恐怖」なのかといえば、地球人とは3次元をやっている意識のことだからです(ただし、自分が全周波数を
統覚する意識だということには気づいていない。気づくと3次元を満喫できなくなってしまう)。
3次元とは、感じ手意識(自分)が感じる感覚すなわち認識の向こうに実体(物質)を想定し、
その実体(物質)が感じ手意識(自分)の感じかた、認識のしかたとは関係なくそれ固有の原理や法則をもつ、
と設定した世界です。
感じ手意識(自分)の感じた対象が感じると同時に創造される(認識即創造)、
つまり自分が感じることによってその感じたことが現れる、のではなく、
あらかじめ実体(物質)があって、その実体(物質)からできた身体が身体内外の実体(物質)を認識している、
つまり認識に先立って認識の対象が有る、そればかりか認識の対象(物)のほうが認識の根拠(身体)をつくっている、
というふうに逆転している世界です。
要はすべては実体(物質)でできていて、全現象は実体(物質)の原理や法則にしたがうと。
で、その実体(物質)の原理や法則は、いったん実体(物質)を想定すると磐石になります。
心の働きはすべて実体(物質である身体)起原となり、超心(高次)はないことになる、
なので感覚(波動)の伝播すなわち引き寄せが起きない、
つまり実体(物質)を想定するということは「引き寄せは起きない」と想定してその引き寄せの無効化を引き寄せることですから、
意識の力では物理法則などの実体(物質)の法則を覆せません。
また、サイエンンスで追究していっても広大に未解明なところがあり、偶然も影響するので、
実体(物質)を想定した世界では何が起きるかわかりません。
実体(物質)を想定した世界では、何が起きるかわからないうえに、
自分にできることは、実体(物質)の法則にもとづく情報を収集して備えることと事後処理に限られます。
だから「恐怖」が基本情動になるのです。
音楽でいうとリズム、バスドラムとかですね。
友好的な関係が築けている家族とかパートナーなどの場合でも、実体(物質)を想定した3次元世界にいる限り、
基本情動が恐怖であることは変わりません。
相手との関係、集団内の関係がきわめて親密である場合には、
その好もしい関係を破壊する出来事を頭のなかで創作して怖れるようになります。
さらに、対人、対集団だけでなく、動植物や山、海、河川、建物、気象など環境全般に対する基本情動も同じです。
逃げるか、戦って征服するか、あきらめて服従するか。
3次元実行中の惑星民が互いに対等な関係を築くことは非常にむずかしく、
したがって3次元の枠外から訪れる存在に対しても対等に接することは至難です。

このように、非常に接触困難な惑星民に対し、
なんらかの必要があってコンタクトをとる場合、
おそらく誰でも考えることは、最も穏便で、かつ情報がいくらか歪むとしても拒否はされない方向を採用することでしょう。
それが、例外的に警戒が解かれた場合の行動様式のうち、自分より相手のほうが優位とみたときのパタン、
すなわち崇拝、服従、依存という態度を引き出せるようにアプローチすることです。
友好的、保護者的で、地球民よりはるかにハイスペックで優れていると思い込ませられる設定、
神、神の眷属や使者、預言者、模範となるようなマスターなど、権威ある存在です。
3次元世界の究極原因として想定された実体(物質)をも左右できる超実体(神など)として降臨するわけ。
バグワン・ラジニーシが見抜いていたように、
神仏などへの崇敬と依存の心性の雛型は、良好な関係にあった場合の親に対する感情です。
コンタクトする側としては奉られても頼られてもアナタ色に染まります的な潤んだ目をされるのも困るんだが、
とにかくドアを開けてもらうためにはしかたありません。
権威ある存在というバイアスがかかっている限り、
崇拝や服従や依存の裏では依然として恐怖情動が営々とビートを刻んでおり、
言うことに従わなかったときの罰を怖れるとか、従えなかった自分を責めるとか、
他人と従順さや謙虚さの度合を競うとか、従順さや謙虚さに関して他人や自分をジャッジするとか、
親子間、兄弟姉妹間で生じるようなゴタゴタを原型とする騒動も避けられません、が、着信拒否よりはマシです。
コンタクトの目的である「なんらかの必要」とは、
3次元の枠内で連続的に推移する時空の将来時点で、脱3次元へとシフトすることが見込まれているので、
その布石として少しずつ情報を投げ、道標を示しておくことです。
ある場面(感覚模様、周波数模様)から別の場面(同)へと量子跳躍することはあっても、
過去から未来へという連続積み上がり推移はない非3次元から見ると、
その道標は3次元へ潜入する前から用意されていた、仕掛けてあったことになりますが。

20世紀になっても上述の構図は相変わらすですが、
というかサイエンスの進展という形で実体(物質)を追究する傾向が強まって、
「世界も“私”も物から成る」という物質(実体)還元主義はいよいよ大々的な公式見解となるのですが、
サイエンスの成果を活用したテクノロジーの発達によって、
実体(物質)からの侵襲(野生動物や隣人に襲われる、災害、戦争や紛争、強毒の感染症など)は見えづらくなり、
リアリティが相対的に弱くなります。
権力者の暴力のふるいかたも、懲罰から矯正、コントロール志向になり、相対的に洗練されてきました。
このあたりはミシェル・フーコーの権力論やその後継研究についてふれた哲学系、政治学系の本に書かれていますが、
要は民を操作、統治する手法が巧妙になっていったわけ。
その結果、恐怖心や警戒心も相対的に緩くなり、
神や祖霊や霊的マスターといった上から目線ではない情報伝達の可能性が開けてきました。
そういうタイミングで、アシュタールとかバシャールなどの「宇宙系」の発信者が登場してきたのです。
私は、宗教系の教典やその解説本とかを読んでいると、すごく深いことが書いてあっても、
神や開祖や先達に対する著者のリスペクトや従順さという倍音が正直うるさく、
かえってメッセージの直截さを削いでしまっていると感じることがあります。
宇宙存在とそのメッセージ、その翻訳(チャネリング)には、そうした倍音がありません。

スピ界隈の一角には、
キリストはじつは宇宙人だったとか、神道系の女神の誰それには宇宙人版があるとかいった類の説がありますが、
これは白いローブなどの衣装を白やシルバーのジャンプスーツに替えたらそうなるという話であり、
周波数(キャラ)という本質がブレなければ、設定はどんな時代、地域、民族、文化でもいいのです。
肝心なのは、何某と称されるその存在や、その存在からのメッセージの「感じ(周波数)」です。
逆に宇宙人何某は何々神話の誰それであるとか、なんとか菩薩であるといった等式も成立しますが、
後発の宇宙系のほうがナマの周波数に近く、時代、地域、民族、文化等の修飾が少ないので、
一般的には宇宙人を神仏などに変換する表現は稀です。

コンタクトやチャネリングのさい、その相手を持ち上げるのでも貶めるのでもなく対等な立場に立って通信するとは、
その相手にせよ相手からのメッセージにせよ、本質である周波数(感覚)を感じとり、
感じ手意識である自分が操縦する宇宙に適合するか、そうでないかを感じ分けられるということです。

恐怖情動をベースとする3次元の感受性のままだど、
3次元で培われた知識、経験、良識によってバイアスがかかり、
偉いから、正しいからという理由で自分と合わない存在を深追いしたり、
逆に関係ないと決めつけて大事な情報を取り逃したり、
メッセージに含まれる脅しのニュアンスに気がつかず言いなりになってしまうなど、さまざまな事故につながります。

宇宙系にせよ天界系にせよ、高次存在というのは本源的には感じ手意識である自分のアレンジであり、
いわゆるハイヤーセルフの別バージョンです。
直球よりカーブやシュートなどの変化球ほうがストライクを取りやすい場合があるのと同じで、
角度をつけたほうが感覚(波動)がクリアになることがある、というだけの話。
ピッチャーが自分(感じ手意識、統覚意識)であることには変わりありません。

最近、ある人から電話があって、その方は、朝、とある方角に向かって先祖や天照大神などに感謝を伝えている、
とおっしゃっていました。
私には、目隠しをしたその方が鏡に向かって合掌し感謝光線を発している絵が見えましたが、
自分のメタフィジクスを講釈するのはめんどくさいし、その方からの感心波を浴びるものいやだし、
感心されても電話が終わったら速攻忘れられてしまうことはこれまでの経験からわかっているので、
ふうん、いいんじゃない、とだけ答えておきました。
実際、それですっきりして元気になるならいいと思ったし、いつかは気づくし。
この方の場合、自分は実体(物質)でできた身体という概念感覚と圧倒的に重なっていて、
先祖や神様は雲の上の存在、別格なんですね。
しかし、たとえハイヤーセルフという存在をそこに加えたとしても、自分と別格なら構図は同じです。
偉い存在のヴァリエーションが増えるだけ。
何系のどんな存在でも、地球民の恐怖情動の屈折作用を受けながらも懲りずにああだこうだと波動を送ってくるのは、
恐怖情動を生じさせている3次元のしくみのすべてが自作のフィクションだと思い出してもらうため、
言い換えると最終的に御簾を取り祓い高い壇から降りてただの周波数構成体に戻るためです。愛だよね(笑)。
  1. 2023/12/29(金) 15:48:26|
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選択について~志願した憶えがないのに地球に来ているのはなぜなのか

2023.9.21(木)

親を選んで生まれてきたという人がいる。
これは、現在の自分と存命のまたは亡くなった親との関係から、感性的にそう確信できるということで、
生まれる前に両親と話し合って決めたということではないだろう。
「選んだ」とは必然感覚の象徴的表現で、選択と必然は対立する概念だけれども、
確信しているとは、この矛盾が「選んだことが必然だった」という僥倖によって融解することだ。
もし生前にいくつものリストを見て検討したとか、候補に挙がった人たちとアストラル面談をしたとかいう記憶があったとしても、
それは必然感覚という波動(感覚)を表現しているお話だと思う。
記憶というのは、それが5分前の出来事の記憶であっても、
5次元の感覚(マインドの感覚)でつくりあげたお話なのだから。
その証拠に、5分前の出来事などというものはどこにも存在していない。って、ちょっと一休さんみたいだけど。

親との関係が良好だから必然感覚が持てる、というものでもない。
サイアクの毒々ペアレンツだったといった場合でも、
恨んではいないがとくに感謝することもないといった薄い関係でさえ、
自分の意識曼荼羅全体から見て、なるほどこの配置しかないね、といった必然感覚を感じることもある。
縁感覚といってもいいかな。

それとまったく同じ意味で、
自分は、地球と呼ばれるこの3次元世界と縁があったのだな、と思うようになった。今年の8月半ばくらいから。
3次元世界とは、何度も書いてきたように、
見えるとか聞こえるとかの五感の向こうに何らかの実体(物質)がある、
自分というこの意識もその実体(物質)の一部である身体に由来する、と想定して、
一切がその想定した実体(物質)の法則で動いていくことを既定のキマリとして立ち上がる世界のことだ。
自分の意識もまた実体(物質)の法則にしたがうので、
自分の意識の作用は実体(物質)の法則で動く実体(物質)を動かせない、
思いや想像がそれと似た、あるいは同じ物質世界を引き寄せるなんてむりむり、ばか言ってんじゃないよ、と、
そういう世界である。
この3次元世界を3次元にフェイドインしていない非3次元感覚で実感的に表現するとすれば、
つまり直感、予感(高次)が思いや想像(マインド)に、思いや想像が五感に波動(感覚)として伝播し、
より精妙な感覚がより明確な感覚を引き寄せるのが当たり前の世界から眺めるとすると、
なんかテコでも動かない、すごく固い世界ということになる。
このソリッドさ(固体性)は、非3次元側から見るとすこぶる奇妙である。
感覚(波動)が伝播しないって? え、なんで? それどういうこと?
全然別の原理を持った宇宙と接しているみたいな?
身体? 脳? 何それ? 意識がそこに局限される? まじ?
身体に局限された意識は、いつもその別宇宙とぶつかり合ってる(→←)って? どういうのそれ想像超えるんですけど。
とか。

背後から声をかけられて、あれ、ここには誰もいないはず、てことは例のうわさの幽霊ですか?
と思ったら、返事をしたりふり返ったりしてはいけない、という説がある。
同じ要領で、宇宙人から、あるいは天使とか龍とかから、
こんな不思議な世界があるよ、ヘンでしょ、ありえなくない? でもあるんだよ、
でね、帰りの旅がまたアドヴェンチャーなんだよ、ていうか帰りでカラクリが全部見えるのね、てな話を聞いて、
ふーん、へー、ほー、 と相づちを打つくらいはいいけど、
で、賢い子はさらっと右から左へ聞き流してゼロポイントフィールドへ放すんだけど、
何それもっと知りたい光線とか、やばい(ゾクゾク)波動とか出しちゃったらアウト。
その瞬間、あなたの固有周波数(名前のようなもの)は地球に派遣されるスターシード名簿に登載されます。
あとで、ネタを振ってきたその存在が宇宙連合のリクルーターだったって知ったところであとの祭り。
地球の会社なんかでも、営業部員のことをコミュニケーターと呼んだり、現場作業員のことをクルーと言ったりするって、
あるじゃないですか。あのデンだから、一見してリクルーターだってわからなかったりするんだわこれが。

地球って宇宙都市伝説じゃないんです、ほんとにあるんですガチの秘境です、じゃなくて、
あなたじゃないとできないお仕事です、とか、何某も誰某も完遂できなかった超絶むずかしい任務です、とか、
そっちで落ちる人もいるかもしれない。
あるいは修行にうってつけの惑星あります、スキル爆上がりですよ、が刺さるとか。
いずれにしても新奇性満々で、前代未聞の体験を約束されているわけであり、
ときめいちゃったら一丁あがり、了解いただきましたぁ、てなことになる。

自分で想定した別宇宙(法[ダルマ]が異なる宇宙=実体すなわち物質)の制約を受けない非3次元では、
何かを選ぶとはそういうこと。興味を示す、関心を向けるということなのだ。
自分の適性や経験にもとづいて職種や勤務先を選ぶとか、
メーカーも仕様もさまざまな品物のなかでどれをポチろうかしら、とか、
霊道がある部屋と目の前に鉄塔がある部屋、どっちも家賃は安いけどさてどうしよう、とか、
条件を吟味、検討し、将来を予測し、複数の選択肢からひとつに絞る、
そういう3次元世界における選択とはちがうんですよ。
「同意」もそうだけどね。相づち以上(50%超)の興味を示したら即同意になります。
感覚(波動)の方向や強弱で場面が決まっていくってそういうことです。

3次元の世界だと、何かひとつの決断を下すのに、
予算とか経験、専門家やユーザーの評価、タイミング、体調、人間関係などなど、いろんな条件を検討しないといけない。
これらの条件とはつまり、別宇宙の法である物理法則を基礎とした常識に沿わせることを目的としている。
3次元世界で何がどう実現していくかということは、自分の思いや感じかたではなく、
自分が想定した実体(物質)の法則にもとづく常識によって決まる。
その法則は自分の思いや感じかたと関係ない別宇宙(実体すなわち物質)の法なので、
日々刻々、別宇宙について学習し、知識や情報を集めなければならない。
そこから、今ここで必要な意思決定に関係する情報をチョイスし、検討する。
なので、意思決定するための情報処理がすごく複雑になる。
そして、その意思決定の結果は予測したとおりにはならないかもしれない。
なにせ別宇宙のことだから、がんばって情報収集してもハズれることはあるのです。
さらに、予測どおりになったとしても、結果に満足できるとは限らない。
なぜなら、そもそも意思決定するにあたって最優先される前提条件が、
別宇宙の法(物理法則にもとづく常識)に適っていること、一般的な言葉でいうと「現実的であること」なので、
現実的でないこと、たとえばお金はないけど高額な品物が手に入るだの、未経験の分野の仕事で大成功するの、
といった妄想、妄念の類ははじめから排除されているからです。
まず妄想を除いて、選択肢を「現実的な」範囲に絞り、そのなかで最も有利だったり好もしいものを選ぶ、
というのが「合理的な」意思決定です。
3次元世界では、本音と合理的な意思決定が乖離するのは珍しいことではありません。てかそれがふつうかも。

ともかく、3次元世界を動かしているのは別宇宙の法(物理法則にもとづく常識)なので、
ときには選択だの意思決定だのを差し挟む余地なく、圧倒的に別宇宙の法だけで状況が決まってしまうこともあります。
その典型が親とか、出生地、人種、性別、遺伝、世代(年齢)など、生まれたときに決まってしまう要素です。
むかしは身分もそうだったし、職業とか家督がどうのこうのとか、もっといろいろ既定事項が多かった。
3次元世界のキモは「自分というこの意識が別宇宙に制限される」ことなので、
選択や意思決定の余地があることのほうが例外的といっていいかもしれません。

ただ、別宇宙も制限も自分で想定していることで、
自分で想定していなければ、自分を制約してくる別宇宙(物質)もその法則も存在できません。
想定するとは、心のなかでゼロから想像や思考を積み重ねていくことではなくて、
すでに心のなかに存在している数多のパラレルワールドのなかから3次元を選んでアクティベートするということです。
その動機が、先に書いた興味、関心です。

でも、物の世界こそ究極の本当の現実だという感じかたが、わざわざ考えるまでもないくらい当たり前になると、
地球に来ることを選んだとか、生育環境を選んだとかいうお話は信じられなくなります。
そんなの科学的じゃないし、わざわざキツい環境を選んだりはしないとか、言葉にすればあれこれ反駁の理由はありますが、
それは、「選ぶ」「選択する」という概念が、もう3次元仕様に書き換わっているからです。
物理法則にもとづく常識に照らし合わせて各選択肢を吟味、検討し、最も現実的で合理的な選択肢に決める、
というのが「選ぶ」「選択する」ということなのだから、
非現実的(科学的ではない)な選択はそもそも不可能、
もし可能だとしても、もっと合理的な(ユルい環境)選択をしたはずだと。
さらに、いわゆるスターシードの場合、例外もあるかと思いますが、たいていは、
非現実的とか不合理とかいう以前のもっと深いところで、「いや、私は選んでないし」という絶大な違和感があります。
生まれ変わっても着ない服を着たり、再来世でも住まない家になぜか住んでいるようなこの感じ。

それは、非3次元で感じたあのトキメキ、ゾクゾクの反転形です。
3次元に入ると、統覚意識(自分という意識)が別宇宙(実体)の制約を受けて大きくブレる(身体という概念と同一化する)
結果、適合感のある感覚(波動)を感じられず、適合感自体もよくわからなくなる。
これが「波動が下がる」という現象です。
波動が下がる結果、あの興味、関心が、ネガティブ反転して「違和感」になるわけ。
人により場合により、(地球世界全般への)恐怖心、忌避感、厭世感として表現されることもありますが、
このネガ周波数の基本形は「とにかくちがう」という違和感です。
なんだかわからないけどとにかくちがうからこそ行ってみたいと感じたわけだけど、
今度はネガ転してるから、とにかくちがうこの世界から出たい、ここではないどこかへ脱出したいと。
セルフアセンションが進むと、この違和感ベースのネガ波はポジ転して、当初の興味、関心が戻ってくるので、
自分の意識曼荼羅全体から見て、なるほどこの配置しかないね、という形で納得することができます。
スターシード云々というのは、この配置しかないという縁感覚を3次元語で説明した物語です。

ちなみに、地球派遣を了解したからといって、キャンセルできないわけではありません。
やっぱりなんかちがう気がするからやめるわ、となったら、興味、関心の感覚(波動)を手放してゼロポに還せばいいの。
私の場合、「おもしろそう」「やっぱりやめるわ危なそう」の間を揺れて二転三転してます(笑)。

五感の世界でどういう体験をするか決めるのは、心の世界での注目量です。
興味、関心というのはおおむねポジティブな方向で使われることが多い言葉だと思いますが、
その興味や関心が好奇心や心惹かれる気持ちではなく、心配や不安や恐怖という表現をとっていても、
感覚(波動)力学的には「興味がある」「関心がある」ということになります。

で、3次元世界では「物質の状態や動きが本当の現実を決めている」「自分を含めてすべては物質でできている」
「引き寄せとかインチキ、せいぜい気休めだ」という思いがいちばん強烈で、
意識はずっとそこに張り付いて注目しつづけているので、そのとおりの世界が実現しているのでした。
非3次元には統覚意識(自分)を制約してくる別宇宙とかそういうめんどくさいことは一切なく、
適合感、順風感ベースで動いているので、たとえば「30」といったらそれは+30のことです。
でも、パラレルワールドの選択つまり実現の決め手になるのは「30」という量であって、プラスマイナスは関係ありません。
30という量に見合う実現効果が現れる点は、ポジでもネガでも同じです。
キャンセルするんだったら、-でも+でもこの「30」をゼロポに還して手放せばいいし、
-を+に、+を-に反転させることもできます。
キャンセルした場合は、注目先(移行先、目的地)が変更になります。
なので、問題を解決するには問題にするのをやめること、
願いをかなえるには願うのをやめることが最速の道です。

すでに解決したことは問題にはならないし、すでにかなったことをまた願ったりはしないからです。
問題の解決方法をずっと思案していたり、願いごとをずっと願いつづけていると、
問題が問題として存在したり、願いがかなわず願いとして存在している状態に注目している、興味があることになります。
  1. 2023/09/21(木) 13:57:38|
  2. コミットメント
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わずかな傾きが意味すること

2023.1.6(金)

放っておくとネガティブになるマインドから、
放っておくとポジティブになるマインドへ反転したとき、 
その差は、たいして大きくはありません。
前者を-1とすると、後者は+1という感じで、
すごく不幸なマインドから花咲く大幸福マインドへとひっくり返るわけではないので。
気がついたら、常時なんか明るくて、風通しがよく、すっきりしている、というような。
日々が凪いでいるからではなく、何やかや取り組んではいるんだけど、どの件もなんとなくかたづいていき、
反芻する間もなくメモリに納められるみたいな感じで、たちまちどうでもよくなってしまう。
問題が見えると、おもろいのキタキタ、とか、チャンス、と感じることもありますが、済んでしまえばたいした感慨はありません。
とにかく、ずうっとポジティブ。なんとなく愉快。
それも、慣れるとふつうになるので、とくにポジではなく「中立」です。

放っておくとネガティブになるマインドとは、
ぼうっとしていたり、何もすることがなかったりすると、
ネガティブなことを考えたり思い出したり、気持ちや気分が暗くなったり重たくなったり、自分や他人を責めだしたりする、
といった傾きをもつ心です。
ナチュラルな状態がネガティブなのです。
+でも-でもない中間点はゼロですが、本人の自覚では「悲しくもないしイライラもないし疲れてもいない(ゼロ)」でも、
そのつもりのゼロがじつはすでにマイナスだという。
22年末の記事「思考の癖を変える」で書きましたが、3次元ではこのナチュラルなネガティブがデフォルト(既定)設定です。
前世紀末くらいにポジティブシンキングというのが一瞬流行りましたが、あれがうまくいかないのは、
既定の設定(ネガティブ)を変えないで強引にポジに振り切ろうとするので葛藤を起こすからです。ムリがあるのです。
放っておくとネガティブになるってことは、ネガティブなことを考える「癖」になっている、習慣になっている、
習慣になっているってことは、自覚しなくても作動する自動意識(潜在意識)に組み込まれているということなので、
まずナチュラルに出てくる「癖」を変える必要があります。
で、統合ワークとか、統覚意識回帰とか、各人それぞれの方法を何度も実践して「癖」がとれていくと、
あるとき、ふとナチュラルなポジティブに転換しています。
途中、ナチュラルポジで波に乗ったフローやゾーンを体験しながらも、ちょっとしたきっかけでネガマインドが復活する、
という行き来もありますが、だんだんネガマインドには他人の服を着ているような違和感を覚えるようになり、
最終的に、気がつくとナチュラルポジになっていて、あれ、あの「癖」はどこへ行ったんだ? となります。

「癖」を変えるというと、たいへんなことのようですが、
3次元運営のためにナチュラルネガマインドを錬成するのとちがって、
右利きから左利きに変えたのをまたもとの右利きに戻す、というようなことなので、
もとの右利き感をホンノリでも思い出すと、あとはズンズン行けます。

さて、昨年末の記事「思考の癖を変える」にいただいたコメントがきっかけで、
2025年付近の予言とか、2025年問題とかをネットでさらっと調べてみました。
25年付近の予言については、日本で起きるという大規模地震を中心に、なんらかの自然災害が広域で頻発する、
戦争の広域化、物資の欠乏、金融など経済の大混乱などが、それぞれ別の情報源から言われているようです。
現在、存命中の今世代の人たちがいまだ経験したことのないような、まさかまさかのことが起きるという。
2025年問題のほうは、団塊の世代が75歳以上になること、少子高齢化の高進により、
介護、年金、医療方面で供給が追いつかなくなる、労働力が圧倒的に不足する、というようなことで、
こちらは社会科学ベースで予測されていることです。
人工知能の能力が人間の能力を超えるとか、国際情勢的にやばい国々がやばいとか、
いつと特定はできないけれども近未来に懸念されることもあれこれ。
2025年というのは、これら種々の警告の集約なのかもしれません。キリもいいですし。

私の知る限り、前世紀のむかしから、予言にせよ社会科学ベースの予測にせよ、ほとんどが危難に対する警告です。
それは、生命は生存の危機に敏感に反応するという3次元サイエンスにもとづく見かたからすれば当然かもしれないし、
物質の実在を想定して、認識もその実在する物質から「知覚」として生じると定義する3次元世界では、
物質でできた個体と物質で構成される環境との対立、相克が内包されている、という、
私のメタフィジクスからしても妥当といえます。
対立、相克が内包されているとは、
たとえば地面の大きな振動という現象は、中立的な現象ではなく、そこで暮らす人にとって災害になる、というように、
物質環境の変化が認識(知覚)の主体である物質製の人間の恒常性を攪乱する、
そういう角度で見えるようにお膳立てされているという意味です。
恒常性が保てなくなる変化は「破壊」とか「死」とか、良くないという意味づけがされている。
なので、予言も予測も「良くないことが起きる。注意せよ」という警告になりがちです。
むろん、危難への警告は空振りに終わったほうがいいので、
来るかもしれない危難に対して備えるという形で警告を活用するというのが賢明な対応でしょう。
人生や生活態度を見直したり、いつ何が起きても起きなくても関係ない24時間マインドフルネスをめざすのもありでしょう。

しかし、予言や予測を活用できる路(みち)はそれだけなのでしょうか?

予測は自然科学や社会科学といったサイエンスのデータにもとづいています。
なので、3次元の過去のデータを見て、このまま推移していくと何年後くらいに大きな変化が起きそうだ、
ということを言います。
そしてその大きな変化によって、これまでどおりの生活ができなくなる(恒常性が破綻する)という内容です。
予言は予言する人の直感的なビジョンやイメージにもとづいています。
地震、火山の噴火、洪水、彗星などの衝突その他の自然の変化や、戦争などの広域で起きる人為的な出来事、
あるいはそれらによって大勢の人や人以外の生物が命を失ったり、混乱したり、困窮している光景とか。
で、別のチャンネル(並行世界)まで探る人は、どの世界でも同じまたは似たような光景が見られる、
どの局でも同じニュースやってるやんけ状態になったときに「詰んだ」と見ます。
身体の輪郭面を脱し、経歴や生育歴や積み上げた思想信条信念を脱し、前世や来世を脱し、
ただの感じ手意識(統覚意識)の自分まで遡ったとき、予測データや予言のビジョンはどう感じられるでしょうか。
つまり予測や予言の映像ができる前の電気的信号明滅状態まで退いてみようということです。
高次で感じるその感覚はどんな感じ?
私には、場面から場面へのジャンプ距離が大きい、いくつかの変動としてとらえられます。
桁(けた)が変わるとか、高低差の大きい移動とか。

まだひとつも具体化していない、想像やイメージにすらなっていない始発域では、
どんな「感じ(感覚、波動)」も単純素朴な模様でしかありません。
「ジャンプ距離が大きい」としても、まだ跳躍、落下、水平方向といった区別もありません。
ポジティブでもネガティブでもありません。
つまりかなり広大な解釈の余地があり、それは発想の余地でもあり、
ポジにもネガにもできるし速度も決められるということです。

この路(みち)を採用するとき、
前回の記事や、この記事の前段で書いたような、思考の癖が大きな意味をもちます。
放っておくとネガティブなマインドになるナチュラルネガティブなら-1、
放っておくとポジティブなマインドになるナチュラルポジティブなら+1、
このわずかな差が、大きな開きになります。
距離の大きいジャンプ、大きな変化という単純素朴な「模様」が具体化していくとき、
-1に傾いていればそれは-100、+1に寄っていれば+100になるからです。
どちらも正解です。
-1が+50になったり、+1が-30になったりすることはありません。
プラスもマイナスも、放っておくとそうなるという癖、ナチュラル状態の性向を示しているので、
どちらにしても、大きく育つ因子を投げ込めば、それぞれの性向にしたがって膨らむのでした。

私は、地震や火山の噴火などを、地球から遠い空間の超新星爆発や真空崩壊に転移できる、といった類のことを
言っているのではありません。できたらおもしろいけどね。
地震も火山の噴火も戦争も起きるかもしれない。
いつの時代のどんな「災厄」も、起きるときは個人的な「災厄」として起きます。
どんな出来事であれ個人の体験として、さまざまな光景や衝撃が個人的に体験されるのであって、
個人の感覚を介さない客観的な「災害」体験などというものは存在しません。
ニュースの音声や映像や文字も、個人に見聞きされます。
隣人が負傷してショックを受けたとすればそれも個人の体験だし、
負傷した当事者の視点で広がる世界の体験とは全然ちがいます。
他者の痛みを想像したとしても、想像のなかにあるのは「誰それが自分だったら」という自分の痛みであり、
しかも想像上の痛みです(他者の痛みを五感的に感じる性質の人の場合でも、その痛みは自分に起きたものです。
痛みは五感の感覚ですが、他者の痛みとの関連づけは心のなかで行われています)。
そうした個人の宇宙において、マインドが潜在意識(習慣的、自動的に起きる思考の癖)ごと+1のナチュラルポジティブ
だったらどうなるのか。
じつはわかりません。
3次元に資料や史料という形すなわち歴史として存在する記録は、全部ナチュラルネガティブが前提だから。
そもそも3次元は、あらゆる変化を「機能低下」「壊滅」「病気」「死」といったネガ角度に変換してネガとして体験する
ネガのテーマパークであり、それ自体はよいことでもわるいことでもないのですが、ポジの資料はないのです。
わかっているのは、ナチュポジならポジ方向に広がるということだけ。
なので、この路を採った人は人跡未踏の域に入ります。

なんだと、ここまで引っ張っておいてそんなオチなのかよ、
そんなこと言ったら3次元だっていつでも先は未踏じゃないか、
予言のほうが言い切ってるぶん潔(いさぎよ)いぞ、このお茶濁しのインチキ星人め。
もう自分でそう突っ込みたくなるような結論だ。
ゼロポイントフィールドには起きうることすべてと、同時にすべてが起きえないという全情報があり、
自分という一人称の認識(意識)装置を形成するワンネスのセルフ(個別視点をもつハイヤーセルフになる前のセルフ)は
その全情報を把握しています。
しかしそれはONとOFFの明滅信号であり、
ハイヤーセルフまで遡っても明るさ、暗さとか、直線、流線、運動とか、光やエネルギーの万華鏡みたいな感じです。
懐かしさ、究極の癒し感、ただいま感があるとしても、山とか川とか街のような具体的な像はありません。
そして、各視点(各人)お好きにどうぞのセルフアセンションなので、そこから先は兆人兆色ばらばらです。

セルフアセンションって、まとまったイメージ像みたいなのは提示できないんですよ。
このへん、スピ先生方だって、抽象的もしくは象徴的なことしかおっしゃっていないのでは?
でも、レムリア人もびっくりみたいな、この未踏感が、言葉じゃなく感性的に(波動で)わかると、ゾクゾクくると思う。

と、ここで宇宙連合事務局広報部みたいなところから通信あり。プレアデス周波数です。
ひとつ参考資料があるとしたら、2012年以前に刊行されたり公開されたりした一斉アセンション文献ですと。
2012~13年近辺に惑星規模の不思議現象が起きて、「人類」の大多数が、なんだかわからないけど素敵な世界に
クォンタムジャンプする、というアレですね。
その前の災害とか争乱の「浄化」のくだりはスルっとスルーして、ポジな記述に焦点を当てる。
それが「人類」全体にではなく自分個人に起きることに変換して「リーディング」するんだって。
リーディングというのは、行間を最大限まで広げて読むこと、妄想読みもしくは二次創作のことです。
そうそう、この場合は「自分版として二次創作する」と言い表すのが適当かな。
何がアセンションだよ、何もないじゃねーかふざけんな、って断捨離しちゃった人(←私)にはできないけど、
手もとにそれっぽいものが残っているなら試してみてもよいかもです。
  1. 2023/01/06(金) 13:58:08|
  2. アセンションについて
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思考の癖を変える

2022.12.28(水)

現在の私は、マインドの感覚(波動)が高めポジティブで安定しているので(これは非3次元では中立)、
以下に書くのは自分ごとではないんだけど、
問題がかたづいて、心や頭のなかに空隙ができると、ネガティブなことを考えだす癖のある人はけっこういるみたい。
つまりヒマになるとネガティブなことを考える。
放っとくとネガティブなことを考えている。
マインドがネガティブな思考波、感情波で満ちており、低めネガティブ不安定で安定している。
ときに沈み、「何もしたくない」とか「生きていてもつまらない」とか言う。

で、冬至の前日、これをぐるっとフル反転すれば高めポジ安定になるなぁ、と気がついたのです。
高めポジ安定マインドって、これを反転した状態にすぎない。で、反転のイメージ動画が出てきた。
放っておくとポジティブなことを考えている、というのはそういう癖。
ネガポジどっちにしても、ただの癖、習慣にすぎません。

で、思考の内容が何であれ、言葉やイメージになっていない思いや気分でも、
ネガティブなことを思っているというのは、自分に合わない、不適合感覚(波動)を感じている、
ポジティブなことを思っているというのは、自分に合う、適合感覚(波動)を感じている、ということです。
五感は目に見え、思いは目に見えないけれど何らかの「感じ(感覚)」であり、
「感じ」を五感層やマインド層に起きる波としてとらえたとき、
自分とズレた、アンフィットな感覚は「低い」波動、
自分と合う、フィットする感覚は「高い」波動と表現します。
低いとダメで高いと立派というのではなく、
低い波とか高い波とか擬似物理的で量的な表現ができるような、ただの現象であるということです。
なので、グラフ(図)を逆さにすれば、ネガはポジに、ポジはネガに反転します。

ネガとポジは-3と+3のような反転対称感覚(波動)であり、どちらも癖なのに、
なぜかネガのほうに親しみがあり、ナチュラルにしているとネガに傾く。
というのは、心のなかで立ち上げる3次元世界すなわち、
五感の対象が物質として実在していると想定し、その物質が森羅万象を取り仕切っていると想定した世界では、
あらゆる変化を想定した物質の法則にしたがって解釈し、
放っておくと古くなって機能低下する、壊れる、病気になる、老いる、死ぬ、といった末路をたどることになるので、
この下り速度を緩めるべく対処しなければならないからです。
結末がアンハッピーエンドと決まった脚本みたいなもので、下りがデフォルト(既定の設定)なのです。
3次元は、この下り感を体験するための下りテーマパークなので、
ナチュラルにしているとネガティブなことを考えているのは当たり前。

これをつづけたければ、いつまでつづけてもかまわないのだけど、
やめようと思えばいつでもやめられます。
しかし、意識せず習慣的にそうしている思考癖を変えるのは、姿勢や動きの癖を直すのと同じく、
最初はその切り替えに意識的に取り組まないといけないし、ある程度練習を継続する必要があります。
でも、好きで手芸をやっている人にとって、その作業が苦ではなくむしろ楽しみであるように、
思考癖の反転も好きでやっていると時間がかかっても楽しいですけどね。気がつくことがいっぱいあるし。
心のなかがポジ優位になると、引き寄せや問題解決も上手くなります。

心のネガ癖をポジ癖に変える方法は、いろいろあります。
今回の記事では、その方法について詳述はしません。
関野あやこさんや並木良和さんなどが提唱しておられる統合ワークでもいいし、
私が提唱したセルフ(統覚視点)回帰ワークでもいいし、
ヨーガや呼吸法や瞑想などを使ってもいいでしょう。
いくつかの方法を組み合わせたりアレンジしたりして、自分流にするのももちろんいいと思います。
最近の私だと、思考癖反転に直接関係するワークは「ゼロポイントフィールドとつながる」だけですが(そうすると
自動的に統覚視点に戻れて、手放したほうがいい感覚は自動的に剥離してゼロポに還るので)、
趣味で瞑想や呼吸法を中心としたヨーガを加えている感じです。
セロトニンを増やす、テストステロンを増やす、
ワーキングメモリ(頭のなかの作業机)をきれいにすべく余計な思考を一掃する(メモして保留にするかスルーする)、
といった、3次元自然科学や社会科学で説明できる方法を補助ツールとして使うのもアリでしょう。
3次元という想定世界を脱しつつ、そうした3次元サイエンスの方法を採用するのは矛盾と思えるかもしれませんが、
脳とか自律神経とかをチャクラだのスシュムナー管だの経絡だのと同列とすれば、
ケースによっては使えます。なので、道具箱に入れておけばよいと思います。

なお、身体という概念や、「私の思い」「私の生育史(記憶)」といった主観が剥離していって、
ただの感じ手(統覚意識)に戻るという体験を何度も重ねると、
ポジでもネガでも、言葉やイメージになったその内容がどうであろうと、
収縮感とか沈殿感とかイガイガとかモヤモヤといった「感じ(これを周波数という)」であり、
感じ手の自分に適合していればフィット感(ポジ)、不適合なら違和感(ネガ)があるとわかります。
よく聞くのは、ネガティブな思いを手放すということをやりだすと、そのネタの尽きなさ加減、同じネタのループに圧倒され、
「自分はなんてダメ人間なんだ」という自分責めに入ってしまうというパターンです。
が、おなじみのネタであろうが、自分責めだろうと他人責めだろうと、
何らかの「感じ」であることには変わりないので、合わないと感じたら手放せばいいのです。
ネタの内容は関係ありません。
統覚意識が定位置になると、ネタの内容を吟味、深堀りすることなく整理が進みます。
ちなみに、私の場合、「収縮感」はネガティブな感覚ですが、ポジ転すると「凝縮感」になります。
「沈殿感」は「定着感」、イガイガはパチパチ、
というように、ネガティブというのはマイナスの傾きをもつ表れかたなので、
ポジ転するとプラスの座標で似たような「感じ」になります。

あと、心の癖反転を加速させるには、
何か困ったことや心配ごとが勃発したときに手放しワークをやる、のではなくて、
年がら年中、ネタがなくても、統合ワークなりセルフ回帰ワークなり何なり、隙があり暇があればやることですね。
まず朝とか夜寝る前とかに3分でも5分でも、じっくりしっかり、
それと電車を待ちながら、電車での移動中に、歩きながら、電子レンジを使っている間とか、ちょっと手隙のときに。

2000年代の私は、どっぷり3次元の人で、
ときどき「どうしたらしあわせになれるかなぁ」とか「どうしたらワクワクすることが見つかるかなぁ」とか言ってました。
といって、とりたてて不遇、不幸だったわけではなく、
過去のことをいろいろふり返って、「あのときもっとなんとかならなかったかなぁ」とか、別の選択ができたのではないか、
と考えてしまうことが多かったからだと思います。もうよく憶えていないんだけど、たぶんそう。
でも私の場合、「あのとき別の選択が」と考えはじめると、「生まれてきたのがまちがいのもと」
というところまで行ってしまうんですね。
なにしろスターシードwwwなので、幼少期まで遡っても黄金時代はないんです。
だから「どうしたら」というボヤキになるんですが、盆からこぼれた水はもとには戻せないんで、
なんとか最後までやり過ごすしかないなぁ、というのが通奏低音でした。
ただ、自然体の私を「変だ」と言うのなら、その「変だ」と言っている人が変だと思う程度の、
つまり自分は優れた選ばれた人間だというのではなく、べつに劣ったハズレ人間ではないという程度の、
根拠不明の自己肯定感があったので、メンタルヘルスはそこそこ良好でした。
で、「頭のなかを静かにしておく時間がほしい」という動機から、自己流で瞑想をはじめます。
2010年代に入って、チャネリングがはじまったり、左右でちがう周波数の宇宙音が聴こえるようになったり、
いろいろあって、3次元時空の「人生」とか「生命」に限定されていた私の世界観というか宇宙観は
どっかんガラガラと崩壊していきますが、
まだまだ、放っておくとネガティブなことを考えはじめる人でした。
と、数日前にふと気がついたんだけど、
いろいろあった2011年時点では放っておくとネガティブ、15年くらいでもネガティブ、17年あたりでも変わらず、
19年、20年でもまだそう。って、あれ、いったいいつポジ転したんだよ!?
と、思わず自分で突っ込んでしまいましたが、
21年後半から自分のなかでポールシフト(軸反転)が起きた感があり、ようやく2022年の春くらいからなのでした。
げ、ついこないだじゃん。
こんなに各駅停車進行なのは、癖反転へのコミットメント(発心、決心)を遅らせていたから、
というか、最初から東海道新幹線でいうと「のぞみ」じゃなく「こだま」のチケットを買っていたんですよ。
ネットなどで見かける、推奨商品や推奨サービスについてのアンケートに喩えると、
「申し込みたい」「もっと情報収集して検討したい」「申し込みたくない」の三択があるとして、
ずっと「検討したい」のチェックボックスにチェックを入れていたわけ。
それは、本音では「申し込みたくない」んだけど、相手企業に気を遣って「検討したい」にするんじゃなく、
文字どおり「もっと情報収集」が目当てでした。
私は3次元のしくみとか、3次元へのフェインドインのメカニズム、何が3次元離脱のきっかけになるのか(答は、
「私は何者なのか」ではなく「私」という主語、この一人称意識に関心が向くこと)、
自分で望んだ覚えはないのになぜ3次元に降りているのか(答は、知っていることを体験として確認しようとする
宇宙にとって、3次元は最後の未体験ゾーンだから。望んだ覚えがないという欠落記憶は、不自由や制限といった
ネガティブなマインドをテーマとする3次元へのフェイドインが成功していることを意味する)、
そういう七面倒くさいことを知りたい星人だったのです。
なので「リクツがわかったら次のフェーズに進む(正確には、次に進むと同時にリクツはイッキに解けるので、
リクツを解凍できる状態になるまで次に進まないこと)」ように調整していたのでした。
リクツに興味がなければ、とっととコミットして反転シフトを進めていくことをお勧めします。
「放っとくとポジティブ」がナチュラルな非3次元でも、順序とか筋道とか構造はありますが、
これは実技で腑に落としていく世界だから、譜面が読めなくて耳コピで演奏するみたいなのでも全然OKです。
このやりかたでいいのか? という検証は、フィット感があるか? 心地いいか? リアリティある?
という実感で確認していけばいい。
自分のマインドを変えること、意識を広げることに興味がある、というのがもちろん前提ですが、
アイデアにしても情報にしても物資にしても、推進力を呼び込む鍵はこうすると決心すること、コミットメントです。
  1. 2022/12/28(水) 14:40:03|
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プロフィール

みけ@猫科ホールディングス

Author:みけ@猫科ホールディングス
アルクトゥルス系在地球人。
男女どちらにも属さないトランスジェンダーで、イタリアの美少年のような豹専務(♀)が同居人。
リンクはご随意に。連絡も不要です。
いただいたコメントはすべて拝読しておりますが、原則としてレスはつけません。

出版案内1

電子書籍をつくったり読んだりできるサイト「パブー」とアマゾン(キンドル)で『サウンド・オブ・ウインド』という本を出版しています。パブーの紹介ページ(下記URL)では、右上にある「みけ」という著者名を押すと、拙著の一覧を表示するページに飛びます。

https://puboo.jp/book/133117 ブログ用表紙             キンドル版はこちら

出版案内2

電子書籍サイトのパブーで2013年に刊行、17年に改訂した『Starry Souls』を新パブーのエディタで編集し直し、内容も改めました(大筋は旧版と同じです)。22年3月よりアマゾンのキンドルでも販売。

https://puboo.jp/book/76592 ブログ用Starry Souls表紙             キンドル版はこちら

出版案内3

2016年に紙の本として刊行した『トランジット』を、2022年9月にパブーで電子書籍にしました。内容は一部改稿しています。

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